第4話 ディレクター

 次の日、エフテレビのスペシャル番組の出演のため、身体測定があった。

 幾人かの芸人が真剣な競技対決するという企画で、身長や体重、視力なども知っておきたいと言われた。身体測定などいくらでも応じるのだが、どんな競技をさせられるのだろうと恐ろしかった。わざわざ測定しなければならない競技とはなんだ? きっと無茶をさせられるのだろう……。


 測定が終わると、局内にあるカフェへ向かった。沢村ディレクターと会う約束をしていた。高山と別れたあと連絡を取ってみると、快く了承をくれた。


 カフェは一階にあり、窓の外から陽の光が差し込んでいる。社員や仕事でやってきた社外のもので賑わっており、沢村は奥の席に腰かけていた。年齢は三十代半ば、黒縁のメガネをかけ、茶色い髪は後ろへ流していた。おれは挨拶と礼を言うと、席に座った。


「おつかれ霧島。良かったな、仕事もらえて」

 と沢村は破顔しながら言った。

「ええ、ありがたい限りです」

「探偵芸人か……。いいキャラ見つけたな、良かったなあほんと」

「ありがとうございます」

 おれは頭を掻きはにかんだ。


「最近、仕事の調子もいいみたいだしよ」

「え、そうですかね?」

「そうだろう。ここの特番にも出るしさ、ちょくちょくテレビの仕事も増えてきてるじゃねえか。俺は嬉しいぜ」

「でも呼んでもらえるのも、面白がっている初めのあいだだけだと思うんで……」

「馬鹿、二回目があるかないのかは、お前自身が面白いってことを証明すりゃあいい話じゃねえか。爪痕残せよ。俺も、面白い特番を考えてるから、霧島に出てもらおうって考えてるしよ」

「ありがとうございます!」

「別に礼なんていらねえよ、結果残せよ」


 頭を下げるおれに、沢村は顔を上げるように手でジェスチャーした。


 沢村には、ナイススマイルとして活動していた頃から、お世話になっていた。番組の前説を担当させてもらい、飲みにつれていってもらうこともしばしあった。絶対売れますと元相方の中田(なかた)悟(さとる)と沢村に誓ったのだが、叶うことはなく、一人になった今、その兆しが見えかけていた。神様も意地悪だ。二人分の願いはキャパオーバーだったのだろうか? 一人になり、それならばと杖を一振――。そんな簡単なことならば、もうちょっと頑張ってくれたら……。


 おれは、カウンターに向かうと昨日と同じくブラックコーヒーを頼んだ。コーヒーを持ち席に戻ってくると、沢村の目元にくまができていることに気づいた。


「お疲れですか? くまができてますよ」

 おれはコーヒーを飲んだ。

「忙しいのは忙しいな。さっき言った特番のせいというか、おかげでな」

「自信があるみたいですね」

「そうだな、絶対面白くなる筈だからな、ふふ。今までのテレビではなかった斬新な――いや、番組の説明を今しても意味がないな……。いずれ霧島も知ることになるだろうし、今は村のことだな」

「沢村さんは、落神村の出身なんですよね?」

「そうだ。大層な名前だろう?」

「でも縁起がいい名前じゃ――」


 おれはそこで言葉を止め、考えた。


「ないですよね、落神なんですから……」

「ほっとけ」

「仏?」

「ほっとけだ。ほっ、と、け。なんで神様の話をしてんのに、仏様が出てくるんだよ」

「宗派の違いみたいなことかと思いまして」

「思うな」

「落神村は何県にあるんですか」

「栃木だ。山を切り崩し山の中にあり、近くにバス停はあるが、駅は車でも四十分くらいかかる。人口は二百人ほどで、非常にのどかなところだ」

「コンビニは?」

「あるわけないだろ」

「信号は?」

「ない」

「凄いな……」

 おれはなぜが感心してしまった。


「通話はできるんですか?」

「馬鹿にするな! ちゃんとできる」

 沢村はぷりぷりして言った。


 ふざけているわけではなく、有り得る話だと思った。コンビニも信号もない田舎に行ったことがないからだ。もしかしたら、落神村のものは赤が止まれで青が進めとは知らないのかもしれない。赤や青や黄に光って、都会はハイカラだねえと思っているのかもしれない。


「やっぱり神社はあるんですか」

「ああ、神社はある」

「じゃあ、その神様が人を隠すんですね」

「そうなるな。神隠しの伝承が村にはある。親に教えてもらい、幼少の頃から伝承を知ってるわけだろ? それが普通だと思っていたから、どこの村や町にも神隠しがあるとばかり勘違いしていた。学校で友達から聞いて、心底びっくりしたよ。神隠しはないんだなって」

「ぽんぽんと神隠しがあっても困りますけどね……。沢村さんは、神隠しを信じているんですか」

「そうだなあ……」


 沢村は神妙な顔を浮かべ、腕を組み考え出した。

 冗談を言うような雰囲気はなく、悩んでいる。神隠しの伝承が身近にあったからこそ、自分の中に根付いているのだろう。沢村は、神隠しがあるとされている村で生まれ育ってきた。どんな感覚だろう。日々の生活で、一々恐怖を感じなければならないのかもしれない。


「正直、あるのかはわからない……。でも、ないとは断言しきれない。この長い時間の中で、ずっと村に伝わってきたわけだからな……」

「なるほど。それもそうですね」

「俺はもちろん、神隠しにあったことはないが、親父は小さな頃に神隠しにあったらしい」

「え!?」

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