第5話 村の禁止事項
おれは飲みかけていたコーヒーをこぼしかけた。口の端についた液体を拭うと、
「本当ですか?」
「びっくりするだろ? 詳しい話は親父から聞いたらいい」
「お父さんは、貴重な体験をしてるんですね……」
「でも就職で役に立つのは、そんな経験よりボランティアの経験だがな」
「一年に一度、神様が村に降りてくるんですよね。五月二日から、五月六日に」
「そうだ。その期間、幾つか村では禁止されていることがある。ルールとでも言おうかな」
禁止事項があるというのも、妙な感覚だ。奇妙といってもいい。神隠しの言い伝えがあるのが、いよいよもって現実味を帯びてきた。今まではどこか、ただのオカルトの話だと思っていた。
「どんな内容なんです」
「三つある。一つは、村の外に出ることなく、村の中で過ごさなければならない」
「そんな制限があるんですね」
「もっともこれは、現在では極力ということになっている。緊急を要する用もあるだろうしな。ただ旅行などに行くものは、二日以前に村から出ておかなければならない。あくまで緊急の場合だ」
「二日に村へ行くと思うんですけど、それはセーフなんですかね? よそ者が村に立ち入るのは……」
「それは大丈夫だと思う。こうして霧島に話しているのも、期間外の話だしな。ただ村に踏み入ったら、外に出るのは難しいと思う。村のものは引き止めようとするだろうな」
「なるほど」
「二つ目は、もし神隠しが起こっても慌てないこと」
「え……」
「神が見ているため、慌てず怖がらず感情を乱すことなく、過ごさなければならない。村の外に神隠しのことをもらすなど、もってのほかだ」
「そんな無茶な……家族が消えたら、パニックになると思いますけどね……」
「でもご法度なんだ。三つ目は、神を想い、その五日間を過ごす。神をないがしろにするものは、罰が下る」
「村の方々は、これを当たり前のように守ってるんですよね」
「もちろん。俺だって村にいるときはそうだった」
風習は時代と共になくなり、数も少なくなったと思っていたのだが、田舎では色濃く残っているみたいだ。特に神隠しの伝承があるため、村の人々も守ってきたのだろう。
禁止事項を聞いている限り、神様は寂しがり屋みたいだ。
「色々思うところがあるだろうが、郷に入っては郷に従えだ。それに俺は、なんだかんだと言って故郷が好きだ。こうしてテレビ局で働き、ディレクターをしているのも神様のおかげだとも思っている。問題は起こさないでくれよ?」
「ええ、わかっています」
「寝泊まりしてご飯を食べるのは、俺の実家でやったらいい。連絡しておくよ」
「いいんですか?」
「ああ。親父は村長だし、人も好きだから、快く了承してくれるだろう。俺の兄弟も一緒に住んでるが、歓迎してくれるはずだ」
「沢村さんのご家族に会えるの楽しみです」
「そんないいものじゃねえって。そうだ、瑛華も誘ったらどうだ」
沢村はにやにやし、からかうように言った。
「ドラマもちょうど終わったところだしよ、オフなんじゃねえか?」
「詳しいですね」
「そりゃあ局の人間だしな。撮ってたドラマもこの局だ。なんだ、やきもきしてんのか?」
「そんなんじゃあ……」
「安心しろよ、瑛華はお前だけしか見えてねえって。そのことを、お前がよく知ってるだろうが」
おれは誤魔化すために、慌てて話題を変えた。
「沢村さんは帰省なさらないんですか?」
「しない。仕事だ」
「そうですか……」
「もし神隠しがあったら頼むぜ? 探偵芸人として、事にあたってくれよ。ま、神相手には難しいだろうがな」
沢村は面白がっていた。当人としては、本当に神隠しが起こってしまったら笑い事ではなかった。
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