第6話 女優の彼女

 夜になり、劇場の舞台が終わりおれは帰路についていた。

電車に乗り、一度乗り換え、数十分間電車に揺られていた。窓の外は街の灯りはあるが暗闇で、車内の様子がガラスに反射していた。疲れた顔をしたものが大半で、スマホを見るため伏せている。

 誰もおれのことに気づかない。顔を上げおれを見ることはない。

 そもそも、探偵芸人と呼ばれているが、一部のものにしか知られていないのだ。スマホよりもおれに夢中になる日が来るために、頑張らなければならない。


 だが頑張っているつもりであるし、どう頑張っていけばいいかもわからない。


一度、先輩に質問したことがあるのだが、目の前の仕事を精一杯取り組んでいくしかないと言われた。確かにそれが正しいのだと思う。けれどその先輩も売れていないため、結局のところ答えは出なかった。


 駅を出て、アパートに向かって歩いた。四月の夜は暑いこともあれば寒いこともある。今日はどちらでもない普通の気温だった。


 歩いていると気がついた。


 誰かにつけられているようなのだ。


 おそるおそる、後ろを確認してみる。手に大きなカバンを持った、二十代ほどの男が数メートル後ろにいる。慌てておれから目を逸らした。まるでやましいことがあるみたいだ。

 おれに用があるのか? それともつけられているわけじゃなく、おれの勘違い? ファンということも考えられるが、認知度は低いのに、ストーカー行為はされるのかと腹が立った。認知してくれたのが、なぜそんなストーカーなのか。


 週刊誌の人間だとも考えられる。以前、瑛華との交際を載せられたことがある。


『人気上昇中の若手女優、江原瑛華、一般男性と交際か!?』


 ため息が出た。こっちとら芸人だ。ちゃんと調べやがれってんだ。


 おれはスピードを上げ、急いで帰ることにした。それでもやはり、男はついてくるのだった。

 アパートの二階に上がり部屋に入る。少しして外を覗いてみたが、男は消えていた。

 ほっと胸を撫で下ろした。いったいなんだったのだろう。週刊誌の人間ならば、張り込みそうなものだが。


 そういえば、瑛華は今晩アパートに来ると言っていた。

 心配であるため、知らせておこう。おれはスマホを取り出すと、ラインを送った。近くに来たら迎えに行こうかと提案したのだが、平気だからと遠慮された。


 なぜ末端の芸人であるおれと、人気女優の瑛華と交際できているのかといえば、ひとえに子供の頃からの知り合いだからだった。

 所謂、幼なじみだ。

 年齢は五つ離れており、現在は二十五。おれが高校三年生、瑛華が中学二年の頃から付き合っている。おれが芸人になったときはまだ、瑛華は高校生だった。試作段階の漫才を見てもらったこともある。瑛華はもともと演技に興味があり、演劇部に入った。文化祭で行われる演劇を見に行いき、その演技力に驚いたのを今でも覚えている。


 才能がある。


 他の部員よりも、頭が一つ抜けていた。これは大成するなと、喜びと嫉妬心が入り交じった感情で考えていた。


 瑛華は劇団に入り、その才能を磨いた。磨けば磨けくほど美しく輝くのだった。それに可愛らしさもあった。瑛華目当ての客も入るようになり、徐々に徐々に人気が出始め、テレビ業界も注目するようになった。それでも売れるのに時間はかかった。


 そして二年ほど前、週刊誌にすっぱ抜かれてしまった。主演のドラマを始めたばかりであったし、男性のファンも多いため、このスキュンダルは痛手だった。

 だが瑛華が所属する事務所は寛大で、交際を認めてくれた。本人の意思に任せるとのことだった。

 初めはファンのあいだでざわめきがあったのだが、交際相手が幼なじみで学生からの付き合いで、しかも売れない芸人だと知り、むしろ好感度が上がってしまった。同性のファンも多くつくようになり、すべてプラスへ転じた。おれも瑛華のおまけとして、番組に出演することもあった。

 ほんの少しだが、一話だけドラマにも出たことがある。死体役ではあるけども。


 瑛華は今をときめく人気女優だ。

 おれなど足元にも及ばない。情けないという気持ちがある。おれだってやれるんだと燃えている。結婚も考えているのだが、不釣り合いだろう。肩を並べられるくらいおれも売れなければならない!

 そうしなければ、紙面に大きく出るのは瑛華の名前だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る