第3話 神隠しの取材

 浮かない顔を浮かべているおれに、高山は心配そうに覗き込んできた。


「どうしました? 体調でも優れませんか?」

「いやいや、そういうわけじゃありませんよ」

「そうですか。……では最後に。僕も動画を楽しんで拝見させてもらってるんですが、これからも動画は上げていくんですか?」

 ももに置いているおれの手が、ぴくりと動いた。頭を巡らせながら、おれはとりあえず言った。

「――ええ、そのつもりです」

「それなら良かった!」

 と高山は溌剌として言った。


 動画を見ていると言ったのも、嘘ではないのだろう。ありがたいし、頑張れねばと思う。

 一方で、おれは最近、髪の毛の色を赤にした。

 鋭い先輩はずばり言った、目立とうとしてるんだろうが、お前のその髪の色は迷いを表してるな。ご明察だった。つまり、ありがたいと思う一方で、赤い髪にしてしまうおれもいるのだった。


 高山は前のめりになり、真面目な顔つきになった。先ほどまでとは雰囲気が変わり、少々面食らった。椅子に座りなおすと、おれは背筋を正した。

 

「記念すべき、第一回に取り上げて頂きたいテーマはですね、神隠しです」

「神隠し、ですか?」

 高山の静かな言い方に、おれはごくりと唾を飲んだ。


「そうです。神隠しというのは、オカルトの中でも非常にポピュラーです。ミスターXでも散々、取り上げてきました。神隠しの事例は、田舎が多いです。山へ登ったものが忽然と消え、警察の捜査もむなしく行方が掴めなくなる。どうやって消えたのか? 神によって攫われてしまったのか? そういった怖さがあります」

「簡単に言ってしまえば、行方不明ですよね」

「……そう言ってしまえば身も蓋もありませんけど、まあそういうことです」

「行方不明と考えるのならば、おれも書けそうですね」

「でも霧島さん、日本で年間の行方不明者数ってどれほどか知ってますか?」

「いえ」

「八万人ですよ」

「は、八万!?」


 高山はおれの目を見てこくりと頷いた。予想よりもはるかに多い数だ。こうしている今も、誰かがどこかで消えているのかもしれない……。


「といっても、大半のものは発見されますが、八万という数字は恐ろしいです。神隠しに合った人は、そのあと発見されないこともありますが、数日経ち見つかる場合もあるんですよ。山の中にぽつんと立っているところを保護された、なんて話も聞いたことがあります」

「神隠しか……」


 おれは腕を組んだ。

 背中に冷たいものを感じ、二の腕は粟立っているが、信じているわけではない。有り得ないし、消えた瞬間を見ていないから神秘的な解釈が生まれる。

 誘拐ならば犯人がおり、本人の意思で姿を消したのなら理由だってある。認知症などの病気により、行方がわからぬことだってあるはずだ。


「日本には、神隠しの伝承が伝わる土地が幾つかあります。落神村(おちがみむら)をご存知ですか」


 おれは首を左右に振った。落神という物々しい名前の村ならば、一度聞けば忘れはしないだろう。まるで金田一シリーズに出てくる村のようだ。場所は岡山だろうか。


「その落神村にも、神隠しの伝承があるんです。ミスターXでも何度か取り上げさせてもらいました。さすがに頭文字だけの表記にしましたが。その村の神隠しについて取り上げてもらいたいんです」

「どんな伝承なんですか」

「その村では昔から神隠しの言い伝えがありましてね。それも一年に一度、ある期間だけ神様が村にやってきて、気まぐれで、または粗相のあったものを隠してしまうらしいんです」

「その期間というのは?」

「五月二日から、五月六日のあいだと言われています」

「ゴールデンウィークですね」


 おれはスマートフォンをポケットから取り出し、カレンダーを確認した、ちょうど五月二日は土曜日で、六日はゴールデンウィークの最終日だった。


「ぜひ現地に出向き、取材してもらってコラムを書いてほしいんです! 一回目なので飛びっきり力を入れて下さいね!」

「だからゴールデンウィークのスケジュールが空いていたんだなぁ……」


 劇場や営業が入ると聞いていたのだが、カレンダーに黒字が入る様子がなかった。悔しい思いをしていたのだが、これでなんとか報われた気になった。客の前に立つことができないという不安はあるが、仕事は仕事だ。精一杯、仕事にあたる。


 ゴールデンウィークまで、あと一ヶ月。神隠しについて調べるのは恐れがあるし、しかも神様が村に降りてくるという期間らしいが、五日間も拘束されたとなると報酬も期待していいだろう。動画の題材にもなるかもしれない。タイトルは、神隠しの謎。オカルト好きにもミステリー好きにも、興味を持ってくれるのではないだろうか。


「高山さんもついてきてくださるんですか?」

「いえ、僕は行けないんですよ」

「そうなんですか……」

「確か、沢村(さわむら)さんは落神村の出身じゃありませんでしたっけ?」

「えっ、沢村さんてエフテレビのディレクターの?」

「そうです、沢村圭太(けいた)さん。霧島さんもお知り合いなんですよね」

「良くしてもらっています。高山さんも、沢村さんのことを知っているんですね」

「ええ、少しばかり親交がありましてね」


 雑誌の編集者とテレビディレクターに接点はなさそうだが、人の繋がりというのは不思議なものだ。落神村の出身のため、高山が取材を申し入れたのだろうか? それならば、そう説明しそうなものだが。


「沢村さんにお話を聞いてみたらどうです?」

「それもそうですね」

 高山はコーヒーを飲み、おれも釣られてマグカップを持った。

「けれど、沢村さんも村に同行してくれるとは限りませんけどね」

「ですね……」

 おれはコーヒーを口に含んだ。ブラックだからだろうが、やけに苦く感じた。

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