第2話 芸人ではなく探偵として
近くのカフェへ向かった。約束の時刻にもうそこまで迫っていたので、早歩きだった。前を歩いていたおばちゃんが、不審そうに顔をしかめていたが構うこともなかった。
店内に入ると、編集者は窓際の席に座っており、こちらに手を挙げた。名前は確か高山(たかやま)幹夫(みきお)といった。色黒で恰幅が良く、なにかしらのスポーツを趣味としているのが見て取れた。
近づいていくと、高山は椅子から立ち上がった。
「どうもどうも、霧島(きりしま)さん。今日はよろしくお願いしますね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ぺこぺこと頭を下げる高山に合わせ、おれも頭を何度も下げた。
席へ座ると、高山はノートパソコンやなにかの資料、それとなぜか、ほ〜い粗茶のペットボトルもテーブルに置いた。傍らにコーヒーが入ったマグカップはあるが、お茶がそんなに好きなのだろうか? 最後に自社の雑誌を取り出した。俗にいうオカルト雑誌だ。名前は月刊ミスターX。名は知っていたが、おれは一度も読んだことがない。マニアのあいだでは評価の高い――高山曰くだが――雑誌らしい。
ブラックコーヒーを頼み、世間話をしているとすぐに届いた。店員がはけたタイミングで、高山は言った。
「それではですね、少しばかり説明させてもらいますね。弊社のミスターXでは、世の中の不思議なことやぞくりとするような都市伝説を取り上げています。オカルトですね。僕としては、オカルトという言葉では片付けたくないんですが……」
「高山さんもオカルトがお好きなんですか」
おれはあえてオカルトという言葉を使った。
「ええ、好きですよ」
「へえ……」
色黒の恰幅の良い外見には似合わないなと思った。色白の線の細いものが好みそうなイメージだった。
「そこで、探偵芸人である霧島ももじさんに、オカルトやミステリーな事象を、論理的な視点からコラムを書いてもらいたいんです。時には現場にも出向き、その場の雰囲気もたっぷり味わってもらいましてね。その場合、報酬の方もそれなりに弾ませてもらいますよ」
「しかし、論理的な視点というものを入れてもいいんでしょうか? 証明できないからこそ、オカルトなのでは?」
「ええ、そうです。けれど、論理的な解釈があるからこそ、現実味を帯びてくるものなんです。真っ向から否定されては困りますけど、こういった考えもあるよと見せて頂ければ信ぴょう性は増します。都市伝説などは、むしろ好都合でしょう」
「そんなものですかねえ」
「そんなものです!」
高山は妙に熱っぽく言った。
「手品のタネを知りたがるように、読者も答えを求めているんですよ!」
「じゃあ、例えばどんな題材を扱うんですか」
「そうですね! 例えばぁ――なんだろ?」
「う、浮かばないんですか」
「うそうそ、冗談ですよ」
高山は口角を上げ白い歯を見せた。
「例えばそうですね、口裂け女やトイレの花子さん、宇宙人、フリーメイソン、昔にあった奇々怪々な事件を取り上げても良さそうですね」
「読者が満足できるものを書けますかね……文章を書くのも自信がありませんし」
「学生の頃、作文は得意でしたか?」
「いえ、あまり」
「そうですか。ま、大丈夫でしょ」
「は、はぁ」
えらく簡単に流されてしまったが、ごたごたと言い訳などを並べる前に書かせようという、編集者としてのテクニックかもしれない。ただ単に楽観的な性格とも考えられるが。
高山はノートパソコンを開くと、画面を見つめながら、
「ではですね、コラムを書くにあたって、一緒に霧島ももじさんのざっくりとした紹介を載せたいんですね。少しお伺いしてもいいですか?」
「ええ、もちろんです」
「年齢は三十歳でしたよね」
「そうです」
「芸歴は?」
「高校を卒業して養成所を出てからなので、十一年目ですね。ピンになったのは去年からです。ちなみにコンビ名はナイススマイルです」
「へえ」
と高山はキーボードを打ち込みながら言った。
「知ってますか?」
「いやあ、すいません。わかんないです」
高山は人懐っこい笑みを見せた。
「まあそうですよね」
おれも笑った。テレビに出たことなど、数回しかないのだから当然だ。お笑い好きならば、知っているものもいるのだろうが、それもマニア級であればだ。
おれはコーヒーを口に含み、窓の外を見ながら、昔二人で立った劇場の舞台を、少しだけ思い出していた。
「現在はピン芸人としてご活躍中ですけど、探偵芸人としての顔もお持ちですよね」
「そう呼んで下さる人もいますね」
「ユーチューブに動画を上げたのがきっかけですよね。ご自身が関わった事件の謎を解き、その解説動画をアップなさった。その動画がたくさんの人に再生され、話題となりましたね」
「解いたといっても、運が良かっただけですけどね」
おれは恥ずかしくなり誤魔化すように笑った。
高山の言うように、おれが関わった事件を解説した動画を上げた。昔から小説やドラマなど出てくる謎解きに、おれはめっぽう強かった。外したこともあるし細かな推理が違ったこともあるが、人に自慢できるくらいには得意だった。
しかし、現実で事件に出会ったこともなく、むろん小説で提示されるような謎があるとは限らない。得意というだけで、発揮する機会なんてなかった。
幸か不幸か、コンビを解散してすぐ、おれは事件に巻き込まれた。しかも大きな謎があった。本格ミステリーマニアが食いつきそうな謎だった。
おれは燃えた。得意なことを生かせるかもしれない! 人の役に立てるかも! と。
簡単ではなかったがなんとか謎を解き、犯人を捕まえるに至った。
一件落着、警察にも褒められ、ああ良かった良かった、で済ませたらいいものを、おれは打算にも、利用できないかと思った。ちゃんと関係者や遺族の方に許可を取った上で、謎解き動画を作り投稿すれば、話題になるのではと思った。
その考えに瑛華も賛同してくれた。ワトソンもホームズの活躍を本にしたんだから大丈夫! と百年前のことを持ち出し言った。おれも呑気にもそれもそうだと思った。
前編と後編で動画を分け、前半では謎を提示し、事件当時の状況などを説明した。
一週間後に後編を上げることにしたのだが、おれの予想を上回る反響があった。多くの本格ミステリーマニアが食いついたのだ。
これは予想通りだった。
彼らは謎や探偵という文言に弱い。おれでもそんな動画があれば再生している。後編では犯人が仕掛けたトリックの解説をし、これもまた反響があった。動画にするなという低評価もあったのだが、多くの視聴者は賛辞の言葉をくれた。良く謎を解き、良く謎解き動画を上げてくれたと。
それからおれは、探偵芸人と呼ばれるようになった。わずかながら認知もされるようになった。
動画だけでなく、同時期に瑛華との交際が発覚したという理由もあるが、コンビを組んでいた頃では、考えられないことだった。今でもミステリー関連の動画を上げているが、毎回再生してくれるリスナーもいた。十数年の芸歴の中で、初めて見えた光明だった。この光を辿れば、瑛華の横に並べるくらい売れるかもしれない。期待せずにはいられない。
けれどもおれは探偵ではなく、芸人だ。
人を笑わせるのが仕事だ。謎解き動画は、果たして芸人として正しいのだろうか? 芸とは言えないのではないだろうか? 疑問がおれの中にあった。謎解きは評価されても、ネタを評価されたことは一度もない。
ネタを磨かなければ、芸人として失格だ。
舞台に立つ資格もない。芸人として評価されたい。探偵としてではなく、面白い人として認知されたい。
矛盾の狭間におれは立ち苦しんでいた。光明のはずなのに、同時に白黒だった。どんな色をした光かわからない。
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