落神村の神隠し

タマ木ハマキ

一章 神隠しの伝承

第1話 そこそこの芸人

 劇場の舞台に立ち、ライトと観客の視線を浴びていた。


 客席は満員だ。おれのネタを目当てに足を運んでいたら良いのだが、大半は売れっ子の若手漫才師を拝みにやってきている。おれだって認知されていないわけではないが、格というものが違う。ネタの質だって華やかさだって負けている。うだつの上がらぬ芸人なのだ。

 若干、客席は薄暗い。笑顔を見せているものもおれば、ムスッと口を閉じ、敵意のある目でおれを見ているものもいる。いつもの光景だった。目当ての漫才師を待っていて、おれは邪魔でしかない。悪いがおれの持ち時間は、一秒足りとも残さず精一杯やらせてもらう。


 おれは長いセリフを喋ると、隣を見た。隣にはマネキンの親指がパイプ椅子に座っている。ある日、十年後の未来からやってきたというおれの親指が姿を現し、そこからネタは始まる。なぜ親指なのか、何故爪の間に泥を詰めてやってきたのか、手入れくらいしてこいという会話を繰り広げていく。


 そんな一人コント。ウケはそこそこ。怖い顔をしているおっちゃんは、むしろ集中を崩さず相変わらず怖い顔のままだ。眉間が疲れてしまいそうだった。


 一年ほど前は、隣にいたのは相方だ。マネキンではなく生身の人間。サンパチマイクの前に立ち、漫才をしていた。やはりウケはそこそこだったが、売れるために一生懸命に真っ直ぐに足掻いていた。今も飽きることなく足掻いているが、迷いや悩みは、相方のように隣に立っている。ボケることなくツッコミことなく、おれの頭を痛めるだけだった。

 オチに近づいてきた。神妙な様子で、親指は言う。実は俺、右手じゃなくて左手の親指なんだぁ……。どうでもいいわ! とおれは声高らかに叫んだが、そこそこのウケはそこそこから変化しなかった。


 舞台からはけると、右でも左でもいい親指をポケットに入れ、パイプ椅子を借りてきた場所に戻した。


 大人数が入っている楽屋では、芸人たちが談笑していた。舞台に立っているときのような真剣味はなく、緩い笑いだ。緩い笑いは馬鹿にすることはできない。時として配合が噛み合えば大爆発を起こす。


 おれは会話に混じらず急いで着替えていた。先輩はおれの方を見ると、

「なんだももじ、これから仕事か?」

「ええ、そんなんですよ」

「動画を撮るのか?」

「いえ、雑誌の仕事がありまして。おれ、コラムやることになったって言ったじゃないですか」

「そういえばそうだったな。風俗のコラムだったけ?」

「違いますよ!」

 おれは先輩を睨みつけた。


 すると周りの芸人仲間はどっと笑った。実に気持ちの良い瞬間だ。笑いが生まれこちらに注目が集まるのが快感なのだ。それを忘れられない、幼少の頃から笑いが好きなものが、ふらふらと芸人の道へと足を踏み入れる。そして大半のものは痛い目を見て、悔いと共に道から外れていく。

 おれはなんとか踏みとどまっていた。


「へへ、そりゃあ風俗の取材なんてしてたら彼女に怒られるな」

「ええ、まあ」

 とおれは照れながら言った。皆は舌を打ったり愚痴をこぼし、羨ましがっていた。誰かがぽつりと言った。


「彼女があの江原(えはら)瑛華(えいか)だもんなぁ……」


 瑛華は女優をしている。現在、人気のある有望な若手だ。おれとは大きな違いだ。


 色々、言い返したい言葉や考えが浮かんだのだが、グイグイと押し退けやってきたのが、そんなんにええか……? というつまらないダジャレだった。――もちろん、誰にも言うはずもなく。


 おれは荷物をまとめると挨拶し楽屋をあとにした。

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