四章 不遜な影

第24話 神隠しの方法

 五月四日。翌朝、朝食をいただくと、おれと瑛華は実験することにした。一瞬にして結愛が消えたが、可能なのか試すのだ。


 瑛華に結愛の部屋へ向かってもらい、おれは部屋に残る。瑛華は結愛が立っていた位置についた。おれも窓際に立った。

 窓枠により、瑛華の姿は完全には見えない。ほんの少し太ももが確認でき、あとは上半身だけだ。部屋の中もすべては見えない。壁と戸、勉強机の隣にあるギターは見える。天井も同様に目に映らない。


 瑛華は再現するため手を振った。次の瞬間しゃがみ込んだ。しかし、しゃがみ込む姿はおれに見えていた。一瞬ではない。瑛華が顔を上げ、おれは両手で大きくバツを作った。瑛華はがっかりしていた。

 と思っていると、横へ大きくジャンプした。ジャンプしたとわかっているということは、これも失敗だ。しゃがみ込む方法よりも、姿が消えたタイムは速い。可能性としては横っ飛びの方が高い。


 そのあとも、瑛華は前へ倒れ込んだり後ろへ倒れたりしたが、どれも駄目だった。


 こうして考えると、ぱっと一瞬にして消えるのは不可能なのかもしれない。目にも止まらぬ速さで移動しなければならない。人間の力では難しいだろう。手品のように犯人はなにか道具を使って、消したのか? なんの道具だ? どんな方法を……。


 頭を巡らせていると、瑛華は横を向き立っていた。なにをしているのか瞬時にはわからなかったが、横を向くことにより体が薄くなるため、見え辛くなると考えているのだろう。そんなわけはないのに。横目でちらちらとこちらを窺っていた。おれはバツを作った。瑛華はがっくりと肩を落とした。上手くいくわけないだろうに……。


 おれと瑛華は家の外で落ち合った。

「どうだった」

 と瑛華は言った。

「どれも無理だな、残念だけど」

「そっか……。横向くのはどうだった?」

「最高だったよ」

「ほんと!」

 皮肉だったのに、瑛華は声色を明るくした。


 小川まで歩き、覗き込んでみた。澄んだ水が流れ、みなどこかへ向かっている。キラキラと光る水面を見ていると、なにかを思い出しかけたが、駄目だった。歯痒く、腹が立った。いったいなにを思い出しかけた? 


「例えばさ」

 と瑛華は言った。

「瞬きのあいだを狙っとしたらどう?」

「瞬きのあいだ?」

「そう、コンマ何秒の世界だけど、上手くいけば一瞬に消えたように見えるんじゃない?」

「そのあいだに横へジャンプしたりするのか」

「そう」

「ううん……瞬きか……。いつ目蓋を閉じるかはわからないんじゃないか? どのようにしてタイミングを測るんだ? それに、おれと瑛華が同時に瞬きするかはわからないだろ」

「タイミングを作ったのかな……、こうびっくりすることがあると瞬きするよね」

 瑛華は顎に触れながら言った。

「そんなタイミングあったか?」


 おれは記憶の扉を開いた。

 向かい側の部屋で結愛は手を振り、おれたちも振り返した。縁側には村長がいる。すると結愛が消えた。

 いや、その前に、ぽちゃりと水滴が落ちてきた。朝に雨が降ったためだ。水滴が落ち、結愛は消えた。これが瑛華の言うタイミング?


「結愛が消える直前、水滴が落ちてきたのを覚えてるか」

「ああ、そういえば……」

「でも驚きもしなかった。それで瞬きはしないな……」

「忘れてたくらいだしね……」


 水滴はたまたまの偶然だろう。それにどのようにして水滴をタイミング良く落とすのだ? いつ窓を開けるかもわからず、もしかすれば窓を開けなかったかもしれない。

 そう考えると、おれたちが結愛が消えるところを見たのは、犯人からすれば計算外だったのではないだろうか。たまたま窓を開けたため、消失の場面を発見しただけだ。どうしてか、その考えには思い至らなかった。おれたちに見られていることを前提に今まで考えていた。

 待てよ、といったん思考にブレーキをかける。結愛の部屋の窓は開け放たれていたし、見られないという保証もない。犯人は本当にその点を失念してしまっていたのか? 消失の場面を見られても問題ないように、手を打っていたと考える方が妥当だろう。どちらの可能性も考慮したのだ。


「光の屈折で、見えなくなったのかな……」

 と瑛華は呟いた。

「そんなの調節できるか?」

「それもそうだよねえ」

 瑛華は難しい顔で空を見上げた。おれは光という言葉から、キラキラと光る水面に視線を向けた。それぞれ空と地を見ていた。そこで記憶の一つが浮上した。先ほど思い出しかけた忌々しいなにか、である。


「なあ瑛華」

「ん?」

 瑛華はこちらに顔を向けた。

「この村に入る前、山の中でキラリと光るものがあったんだ。枝のあたりだったと思う。瑛華は気づいたか?」

「え、そんなのあったの? わかんなかったな……」

「あれはなんだったんだ……」

「わかんないけど、関係ないんじゃない? たまたま光るものがあっただけで」

「まあなぁ……」

 言われ、それもそうかと思った。関連付け考えているが、じゃあどんな関係があるのかと訊かれたら、答えられない。


「鏡でもあったのかな、それ……。でも鏡があるわけないか……」

「道具を使い、結愛を消したように見せたのなら、鏡なんてことも有り得るのか。けどどうやって使えばいいんだろうな」

「ううん……」


 おれと瑛華は腕を組み考えたが、閃きはなかった。鏡を使用し、結愛を消すことなど可能なのか? 消したように見せかけられるのか?

 仮に消せたとしよう。しかし鏡はどのようにして隠した? おれたちが部屋から目を離した隙に、部屋に入ることはできる。入れたからといって、鏡を処理することはできない。部屋に踏み込んだとき、部屋に鏡らしきものはなかった。見逃すはずはない。どこへ隠したというのだ。


 時間が経ち、なおさら我が目を疑う。信じられないのだ。一瞬だった。突然の消失だった。幻覚だったのでは、と思う。犯人の手により、幻覚作用のある薬でも仕込まれていたのかもしれない。そうか。この村に来てよく飲む、ほ〜い粗茶に仕込まれているのだ!

 もしくは、おれと瑛華は目が悪くコンタクトをしている。そのコンタクトに、なにか仕掛けがあるのではないか? 部屋に侵入し細工することは可能だ!


 荒唐無稽な考えたちであることは、自分でも自覚していた。


「宇宙人なら、簡単に攫いそうだけどね」

 突飛なことを瑛華は言い、転けかけた。

「神様じゃなく今度は宇宙人か」

「キャトルミューティレーションだよ」

「ならキャトられる時に天井にぶつかるだろ。バンバンってさ。無理だ、無理」

「じゃあもう一つおかしなこと言っていい?」

 突飛であるという自覚はあったみたいだ。

「なんだ」

「ドラえもんの映画で、神隠しを説明してるシーンがあるんだ」

「うん」

「映画では、時空の狭間に落ちてしまい、消えてしまうって説明されてるんだ」

「それが神隠しの正体であると。へえ……」

「ずっと時空をさ迷うか、運が良ければどこかの時代へ抜け出すことができるんだって。行方がわからなくなった戦闘機が、突然発見されることがあるでしょ? それもそうなんじゃない?」

「なんだっけ、バミューダトライアルとかも、その時空の狭間か? 多くの飛行機や船の交信が取らなくなって失踪してしまうってやつ」

「そう、それそれ。それもそうなんだよ!」


 瑛華も佐田みたいにオカルトを語っている。瞳を見ていると、真剣であることがわかった。奇怪な事件のため、幻想に逃げたくなる気持ちもわかる。それこそが犯人の思う壺なのだ。


「結愛ちゃんも時空の狭間に吸い込まれてしまい、今もどこかの空間をさまよってるんだよ。ドラえもんが言ってたら正しいと思はない?」

「ドラえもんだからな。でも現実にはいないからな」

「未来に帰ったの?」

「もともといねえんだよ!」

 瑛華はくすくすと笑った。たまに天然なのか冗談なのかわからなくなってくる。


「もう一つ、方法が思いついたよ」

「一つだけって言ってたけど、まあいいや。なに」

「過去に行けるとするでしょ」

「突然だな……それで?」

「過去に行き、ももちゃんを殺したとするじゃん。そうすると、今ここにいるももちゃんは消えちゃうことになるんだよね」

「確かにそうだな……一瞬にして、消えてしまうだろな……」

「犯人は未来人なんだよ」

「ドラえもんと違い、まだ帰ってないことを願っとくよ」

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