第25話 熟考
おれたちは当てもなく歩き出した。景色を変えたかった。
「神隠しにあったらさ、どこに連れて行かれるんだろうね」
「そういえば考えたことなかったな。神聖な場所かな……」
「どこだろ、山の中とか?」
「神社なんかもそうかもな」
神隠しで神聖な場所へ連れて行かれるのならば、人攫いの場合はどうなのだろう。結愛は既にこの村にいないのか、それとも村の中で今も助けを待っているのだろうか。村の中で、人が少なく監禁に適している場所はどこだ? 村のため元々人は少ないだろうが――
そこで、旧神社が浮かんだ。
旧神社ならば、人はおらず立ち寄るものもいないだろう。村からも少し離れ、立地的にも犯人からすれば好都合のはずだ。半壊しているだけならば、監禁することも可能だ。万がいち人が通っても、猿轡をし身動きを取れなくすれば気づかれることはない。
監禁ならいいが、死体を遺棄していることだって考えられる。結愛は既に殺されていて、今も旧神社に横たわっているのだ……。
あとで確認に向かおう。危険があってはいけないため、瑛華は連れていけない。一人も怖いが、仕方あるまい。
橋の上を通り、道へ踏み出そうとしたところで、おれは立ち止まった。急に止まったおれに、後ろにいた瑛華は驚きの声を上げた。
「なに、どうしたの?」
おれは瑛華を無視し頭を巡らせていた。はたと思いついたことがあった。
三の橋側の道には、二種類の足跡があった。沢村家に向かおうとしている跡と、離れようとしている跡。朝から雨が降っており、地面はぬかるんでいた。そのために足跡が残った。靴には泥がついていたはずなのに、橋には泥がついていなかったのだ。橋を通ったのなら、少しだけでもつきそうなものだが、汚れはなかった。
わざわざ汚れを消したのか? それとも雨が降っていたときに、犯人は橋を渡ったのだろうか? 雨に洗い流されてしまったのだ。辻褄は合う。犯人が沢村家にやってきたのは、雨が降っている最中、または六時より以前か? だが犯人はどこへ潜んでいたのだ。
疑問点は残るし、六時以前に通ったとも断定はできない。熟考が必要だ。
もう一つ、足跡に関して気になることがあった。
一の橋側に残った足跡だが、あれは巫女を呼びに向かった拓海と慎太郎、そして和恵の足跡だ。沢村家に向かっている三種類の足跡があった。どうして確認したときに気づかなかったのだろう。三種類ではなく、五種類ないとおかしいはずだ。神社へ向かう拓海と慎太郎の足跡、沢村家に向かう拓海と慎太郎と和恵の足跡。こう残っていないとおかしい。なぜ後者の三種類しかない?
本当は呼びに向かってはおらず、神隠し騒動が起こるのを見越し、和恵は待っていた。拓海と慎太郎は合図だけ送り、正体不明の人物二人を連れ和恵はやってきたのだ。そんな考えが浮かんだ。
拓海と慎太郎が呼びに向かったのだとすれば、なぜ神社に向かう足跡は残らなかった? 言葉を変えるのなら、なぜ消した?
呼びに行くときだけは、ルートを変えたのか? 山から入り向かえば、足跡はつかないだろう。ルートを変える必要もないが。
これもまた、熟考が必要だ。
くるりと振り返ると、瑛華に話した。そういえばそうだねと彼女は言った。
「よく気づいたね、ももちゃん」
「気づかなかった今までがおかしいんだよ」
「私もおかしいってこと?」
「まあな。遠回しに言うと。……おれは今から旧神社に向かうよ」
「私も行くよ」
「いや、瑛華は残っておいてくれ。山の中だし、危険があっても駄目だろ」
「それならなおさら私も行くよ!」
「おれの可愛い女優さまに怪我をさすわけにはいかない」
「本音は?」
「瑛華になにかあればおれが事務所の人に怒られるからだ!」
おれは早口でまくし立てた。瑛華は笑った。
「落神村に来たのも、事務所に無理言ったんだろ?」
「もう、わかったよ。ももちゃんが怪我なんてしないでよ」
「おれは怪我なんてしても怒られないぞ」
「私が怒るから」
おれはニヤリと笑った。嬉しいことを言ってくれる。
「きーつけるよ」
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