第26話 旧神社

 おれは瑛華と別れ、村の右エリアに向かった。


 山に近づくにつれ、民家はなくなり開けてきた。木々のあいだに道を発見した。葉っぱで影でき薄暗い。辺りを見渡してみる。人の姿はなく、風や木々が揺れる自然の音だけで、みな突如としていなくなってしまったかのようだ。結愛みたいに、一瞬にして消えてしまう光景を思い浮かべ、ごくりと唾を飲んだ。


 山道を進んだ。当たり前だが道は舗装されておらずでこぼこし、若干斜面になっているため、長時間歩くと足が堪えそうだった。だが左右に生えている木々の揺れる音は心地良く、木漏れ日は美しい。山登りなどしたことないが、趣味にしている人の気持ちがほんの少しだけわかった。

 途中で別れ道などもあったが、だいたいの場所を把握しているため、真っ直ぐ進めば到着すると知っていた。迷うことはないだろう――これがフリとならなければ良いが。


 急に斜面はキツくなった。旧神社まで近いのかもしれない。そこから少し進むと、石段が見えてきた。石段を登れば目的の場所だ。

 改めて、辺鄙な場所にあるものだと思った。辺りに駐車場などなく、村から足でここまで向かわなければならない。参拝者はさぞ辛かったことだろう。辛い思いをし通うことで、信仰心を試していたのかもしれないな。


 何気なく体を捻り見渡していると、十メートル離れた木々のあいだに、人がいたような気がした。びくりと体を反らせながらも、目をこらした。なにも変化はない。隙間からおれを眺め、慌てて隠れたように見えたが……。


 まさかなと思う。臆病な心のせいで過敏になっているのだ。


 おれは前を向くと、歩き出した。石段に一歩乗せると、軽く深呼吸し上っていった。


 十段ほどだった。鳥居をくぐるとヒビが入り黒く汚れた石畳が真っ直ぐひかれ、寂れた神社がある。土砂崩れにより半壊したらしく、正面は無事だったが、後ろは壊れていた。土や木が覆っている。建物の右側へ土がなだれ、小山ができているのが見えた。残りの半分も、いつ倒壊してもおかしくなさそうだ。人がいないためか神様がいないためか、全体的にくすんで見える。

 神社を移転したのは、正解だったと思う。土を退け復旧工事をするよりも、村の中に作ってしまった方が参拝者のためにもなっていい。


 おれは賽銭箱の前に立つと、手を合わせお礼をした。目を開け足元を見てみると、タバコの吸殻があった。犯人かと心臓が激しく踊ったが、村の若者によるポイ捨てかもしれないと思った。吸殻は黒く汚れシワシワになり、時間を感じた。一日や二日ではない。やはり、たむろしタバコを吸っていたものが捨てたのだ。

 賽銭箱をぐるりと回り、中へ入ろうとした。三段ある階段を上る。湿気や年季のためか、若干、軋んだ。建物が歪み戸が開かないかと思ったが、すんなりと動いた。

 中は埃っぽく、電気は通っていないため暗い。土が侵入しており、三分の一ほどは埋まっている。祭壇があった場所は奇跡的に無事であった。


 結愛の姿はどこにもない。歩き回り痕跡はないかと探ってみたが、見つからなかった。人がいた気配はない。他に扉もなく、出られそうな場所もない。


 思惑は外れた。外にあったタバコの吸殻も、村の若者で間違いなさそうだ。


 おれは戸を開け外に出た。


 右前方からガサッと物音があった。

 慌てて足元から顔を上げた。木々の中、走り去る男の姿が見えた。手にはカバンなのか黒い物を持っていた。


 息が詰まり、足が竦んだ。気配を消そうとしている自分がいた。


 犯人? 旧神社に用がありやって来たのか? やはり寝床にしていたのか? それともおれをつけていた――? 先刻、人の気配を感じたのは気のせいではなかったのか……。

 ここで追いかけなければならないんだ、と自分に発破をかけた。捕まえれば、この神隠し騒動も解決だ! 動くんだ!!


「待ちやがれ!」


 おれは勢いを出すため声を上げ、走り出した。階段を降り石畳の上を走り、自然の中に飛び込んだ。雑草を踏み潰し追いかけた。既に男は遠くに離れている。身が軽いのか山に慣れているのか、ぐんぐんと進んでいく。

 雑草や石に足を取られ、立派にそびえ立つ樹木が進行を阻み、避けなければならない。こちらは思うように進まなかった。普段、運動などしないため息も乱れてきた。このままでは逃してしまう!


「待てえ!」

 叫んだがもちろん待ってくれるはずもなかった。

 懸命に追いかけたが、男の姿を完全に見失ってしまった。立ち止まり、首を振り辺りを確認したが自然があるだけだ。どこかで枝が揺れていたりなぎ倒された草があれば、通ったであろうことはわかるが、そういった痕跡もない。深追いすればおれが遭難してしまう。断念するしかなかった。


「はあ、はあ……くそ……」


 おれは乱れた息で悪態をつき、おでこに浮かんできた汗を拭った。

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