第18話 足跡

 橋は三つかかっている。真ん中と右端と左端。沢村家から見て、右から、一の橋、二の橋、三の橋と名付けた。一の橋は村の左エリアの神社などに向かうのに最適だ。二の橋は、民家やサワムラ畳店がある中央エリア、三の橋は公民館や佐田家や旧神社がある右エリアだ。


 一の橋を越えた土の道には、三種類の足跡がある。だがこれは、巫女を呼びに向かったときのものだろう。拓海と慎太郎と和恵の足跡だ。沢村家に三種類とも向かっている。一つ、一際小さな足跡があるため和恵で確定だ。他に不審な点もなかった。

 二の橋側には、足跡はなかった。問題は三の橋だった。何者かの足跡があった。沢村家に向かっている足跡と、離れていく足跡の二種類だ。くっきりとは残ってはいないため、靴の大きさや種類を見分けることはできない。跡を辿りたいが、先は雑草が生い茂っており見つけることは困難だった。橋には異常はなく跡はなかった。

 注目すべき点は、向かう足跡と離れる足跡も、同じ場所を通っているという点だ。二つが重なっている。まるでなぞるよう。ずれはあまり感じさせない。

 沢村家は集落から離れており、人通りは少ないという。犯人の足跡で確定ではないだろうか?


 しゃがみ込み観察していると、瑛華も隣で膝を折った。

「すごいね、ももちゃん。足跡が残ってるなんてよく気づいたね」

「そうか? もっと褒めていいぞ」

 瑛華はくすりと笑った。

「この足跡って、犯人のなの?」

「かもしれないな。ここを通った」

 犯人のミスリードかと一瞬怪しんだが、考え過ぎだろう。犯人の足跡という前提で話を進めよう。


「でも拓海さんや慎太郎さんが、村に結愛ちゃんが向かったかと思い通ったかもよ?」

「確認は取ってみるよ。ただ、こんな離れた橋を通るよりも、家から近い真ん中の橋を通るとは思はないか?」

「それもそっか……」

 瑛華はこくこくと頷きながら、思案していた。

「家の敷地内に遮蔽物はないし、見渡せることもできるしね……。わざわざこの橋に近づかないよね。じゃあさ、犯人は村の右エリアから来てそっちへ帰っていったの?」

「それはわからないな。それこそ犯人のミスリードかもしれない」

「混乱させるための?」

「そう。犯人としては雨でぬかるんでいるのは想定外だったが、通らざる得なかった。足跡を消している暇もなかった。だからせめて間違った方へ誘導させてやろう、と思ってもおかしくない。まあ、かもしれない、だけどな」

「足跡が重なってるようになってるのは、どうしてなの」

「瑛華も気になったか。……理由な……たまたまなのか、けど測ったように通った場所は同じだからなあ。行きと帰りか……」

「足跡で性別とかわからないのかな。歩幅から身長とか」

「性別は、どうだろう。くっきりとした足跡じゃないからな。身長も、意図的に歩幅を変えてあったらわからないだろ?」

「確かに……」

 瑛華は渋面を浮かべ悩んでいた。


「ももちゃんは、いつ犯人はここを通ったと思う?」

「いつ?」

 おれは首を傾げた。

「結愛ちゃんが消えた直前に通ったのか、もっと前からなのか、みたいな。離れていく足跡も、消えてからなのか、それともその前なのか」

「なるほど。早々に沢村家に潜んでいてもおかしくないな。雨が降ってから通ったのは確実だから、朝だ。何時ごろに雨は上がった?」

「え、どうだろう。たぶん、六時とかそれくらいかな」


 我々が起きたのは七時三十分。沢村家の面々はその時刻よりも早く起きているだろう、皆が起き出した時刻に通るのは、目撃のリスクがあるだろう。なので雨がまだ降っている最中、もしくは雨が止んだすぐと考えられる。いや、朝食を取っているときは侵入が可能か……。

 離れる足跡がついたのは、結愛が消えてからだと考えるのが常識的といえる。けれど、犯人はどのようなトリックを使ったかわからない。いつ通ったかは、確信が持つことはできない。


「今の段階だと、いつ通ったのかはわからないな」

「そっか。……ねえ、結愛ちゃんの足跡はないのかな」

「それもそうだな。どのようにして攫われたかはわからないけど、歩かせたのなら犯人の足跡と一緒に残る」

「担がれたのかな?」

「残ってないってことは、そういった理由だろうなぁ……」


 おれはよっこいしょと言い立ち上がった。歳だね、と瑛華は笑った。反論しようと思ったが、三十歳なのであながち間違いではなかった。

 おれと瑛華は、沢村家に向かった。ジャリジャリと音を鳴らし歩いていると、瑛華は不安そうな顔を浮かべた。


「どうした?」

 おれが声をかけると、瑛華はこちらに向いた。眉を曇らせ、すがるような瞳をしていた。

「もし本当に神隠しならさ、ももちゃんは解決できるの……?」

「そうだなぁ、神が相手だからな……」

 神様との勝負か。漫画の設定みたいでかっこいいが、勝てる気はしなかった。

「けどおれには笑いの神様がついてるからさ」

「それって笑いが起こるだけじゃん」

「ああ、おれはただの馬鹿で終わるかもな」

 瑛華は声を立て少し笑った。気分が晴れたのか、すがるような瞳ではなくなっていた。頼りないなこいつ、と呆れられたとも考えられるけど。


 一号棟の玄関に入った。靴は皆の分が並んでいる。誰も外には出ていないらしい。それぞれの靴の裏を確認してみた。香織と亜美以外、泥がつき湿っていた。拓海と慎太郎は巫女を呼びに行ったからだろうし、村長はおれたちと山へ入った。おれや瑛華の靴も泥がつき湿っているだろう。

 当てにはならないか……。

 ということは、と思う。香織と亜美は、少なくとも足跡の主ではないということだ。

 瑛華に話すと、

「でも綺麗に拭いたとも考えられるよね?」

「ああ……それもそうか」

 つまるところ、やはり当てにはならないということだ。


 リビングに入ると、皆は暗い顔を向けた。先ほどまでと変わらず、座ったままだった。

「どうしました」

 と村長は言った。

「実は、足跡を見つけたんです」

「足跡?」

「ええ、橋を越えた先の道に」


 おれは詳しく説明した。雨でぬかるんでいたため足跡ができ、家へ向かう跡と離れた跡があることを。犯人ではないだろうかと告げた。


「本当に犯人のものなんですか?」

「朝、この家にやってきた人はいますか」

「いないはずですが……」

 村長が顔を見渡すと、みな頷いた。

「じゃあその橋を通った人はいますか?」

 この問いかけに頷くものはいなかった。拓海と慎太郎も通らなかったということだ。

「やっぱり犯人の可能性は高そうです」

「そうですかぁ……」


 香織はおずおずと手を挙げると、

「神様が通ったのかな」

 と素っ頓狂なことを言った。

 空から来いよとおれは思った。そこは神様らしくしてほしかった。

 けれどもし神様の足跡ならば、勝算はありそうだ。空から来れないようじゃ、人間とさして変わりない。太刀打ちは可能だ。

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