第19話 村人の反応

 沢村家を出ると、二の橋を通り村へ向かった。村人たちは色めきたち、立ち話をしていた。混乱と恐怖と好奇心に支配されていた。おれと瑛華を見ると、ひそひそと話し出した。

 主婦の集団に声をかけられ、神隠しが起こったって本当かと聞かれた。なんと答えようかと悩んだが、頷いておいた。そのあとに誘拐という可能性もあることを告げたのだが、聞いている様子はなくザワザワと話していた。


 まさか、本当に神隠しが起こるなんてねぇ……

 どうしたらいいのかしら?

 どうしようもなにも、禁止事項を守り普段通りにしておいたらいいのよ

 でも神隠しって、やっぱり信じられないわ……


 村の中でも、意見が別れているようだった。それでも八対二で神隠し派が多いようだし、二割の人たちは半信半疑である。否定派ではない。たが安心することができた。


 沢村家のことを尋ねてみると、悪い反応は返ってこなかった。先祖代々裕福であり、村長も多く排出しているが、けっして威張ることなく親切だという。村長にも不満はなく、評価は高かった。妬まれているというよりも、羨ましがられていた。

 結愛のことを訊くと、これもまたいい子だという評価。人懐っこく愛嬌があり、トラブルもなかった。沢村さんの家の子は、やっぱりよく躾られていると言っていた。

 人に怨まれるようなことはないかと問うてみると、一斉に否定された。しまいには、不届きもののおかしい赤髪男という目で見られてしまった。

 おれたちは礼を言いその場を離れた。その後もヒソヒソと話しているようだが、神隠しのことではなくきっとおれの悪口だろう。カミはカミでも別のカミだ。


 沢村家は裕福だという話を聞き、営利目的の誘拐ではないかと考えた。まだ要求はないが、これからあるかもしれない。ただこの狭い村の中だ。取り引きをするにしても、あまりにもリスクが高い。おれならば、誘拐という選択はしないと思った。選んでも強盗だ。


 優花から話を聞きたいため、中央エリアから左エリアへと向かった。左エリアに家があると、事前に村長から教えてもらっていた。結愛から聞き終えたら、次は中条律だ。


 家が並んだ狭い道を進んでいると、右手に見えてきた。優花の家は、斜面を上がったところにある。斜面には石ブロックがひかれている。おれの目線より少し高く、しかも斜面から十メートルほど離れているが、真正面に来ると家を確認することができた。こちら側、斜面側に家が向いている。白を貴重にしている家で、比較的小さいが自然の中で映えていた。門や囲いはなく、玄関はおれたちから見て右側にあり、左寄りの中央にはガラス戸があった。カーテンが開いているため中が見えるかと思ったが無駄だった。


「女子中学生の家を覗く三十路男……」

 と瑛華はぽつりと呟いた。おれはドキリとした。ただの変態みたいではないか。


 ごほんと咳払いし歩き出した。斜面の上へ向かうには、ぐるりと左から回り込まなければならず面倒だった。回り込むと、木々が生えた間を抜け、開けた場所に出る。民家が六つほど並び、優花の家は手前から五番目だった。田舎であるため一つ一つの家が大きく、到着するまで時間がかかった。

 チャイムを押すと、父親らしい人物が出てきた。黒縁のメガネをかけ、髪は長く後ろでくぐっていた。年齢は三十代半ば。


「はい、どちらさまですか」

 おれと瑛華は自己紹介した。村へやってきた経緯も説明し、結愛が消え捜索をしていることを言った。

「なにかの間違いかと思ったんですが、結愛ちゃんは神隠しに……そうですか……」

 男は悲痛に顔を歪めた。

「失礼ですが、お名前を伺ってもいいですか」

「あ、はい。神田川裕貴(ゆうき)です」

「優花ちゃんのお父さんですか?」

「ええ、そうです。優花のことをご存知なんですか」

「結愛ちゃんに村を案内してもらったときに、お会いしたんです」

「そういえばそんなことも言ってたなぁ、綺麗な女優さんがいるって……」


 裕貴はちらりと瑛華を見た。瑛華のことを知らないようだった。ならおれなど太刀打ちもできない。おれも瑛華も――おれの方が余程だが――頑張っていかなければならない。


「優花さんからお話を聞きたいんですけど、いいですか」

「わかりました。ではお上がりください」

「ありがとうございます」


 玄関に入ると靴を脱ぎ、廊下を少し歩いた。すぐ左手に扉があり、そこがおれが覗こうとしていたリビングだった。畳がひかれているようだが、半分ほどは薄いカーペットで覆い隠されていた。奥の方にカーペットがあり、その上には背の低い机がある。端っこにはテレビと観葉植物だ。

 斜面側の壁にはガラス戸がある。手前にぽつんと掃除機が置かれていた。コンセントにコードは挿してはおらず、掃除を終えたあとと窺えた。


 優花は机のそばに座っていた。浮かない顔をしている。結愛が消えたことを既に耳にしているのだ。隣には、おじいちゃんが慰めるようにして座っていた。テレビは、ニュースがかかっていたが音は小さい。どこかであった事件よりも、神隠し騒動の方が重要だった。

 おれと瑛華は、優花の向かい側に腰を下ろした。優花は瑛華を見るとかすかに顔色を明るくした。おじいちゃんの名前は神田川弥彦(やひこ)。六十代半ばだが体には厚みがあった。目尻にしわができ、眉が濃く垂れ気味である。


 裕貴はキッチンの方へ向かった。

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