第20話 友達
「結愛ちゃんは、本当に神隠しに……?」
と優花は言った。瑛華は悲しそうに頷くと、
「うん。消えたところを、私たち見たんだ……」
「そうなんですか……」
顔を伏せた優花の肩に、弥彦は手を置いた。おれたちの方へ向くと、
「結愛ちゃんが神隠しにあったのなら、なにもすることができないんじゃないか? 神様も結愛ちゃんと少し遊んだら、家に帰してくれるだろうし」
「人の手によるものかもしれません」
とおれは言った。
「なにもしないでじっとしていたら、結愛ちゃんの所在はこれからもわからなくなってしまう。だから調べているんです」
「そう」
弥彦はたった一言だけで、気がなかった。
裕貴はグラスにお茶をくみ持ってきてくれた。礼を言い受けると、さっそく一口飲んだ。この味に覚えがある。ほ〜い粗茶だ。よく見たら裕貴の傍らにほ〜い粗茶のペットボトルがあった。村では大流行らしい。
「最近、結愛ちゃんと話していて、気になったことってある?」
とおれは質問した。
「気になったことですか?」
「そう。例えばイライラしているとか、悩みや不安がある様子だった、みたいな」
「いえ、特には……」
「じゃあ、最近じゃなくてもいいよ」
「うーん、なにかに悩んでたり落ち込んでいるときもあったけど、それって誰にでもあることじゃないですか。引きずってる様子もなかったし……」
「その内容は聞いてない?」
「聞いてはいませんけど、覚えているのは高校受験のときですね。受験ですから、これも誰でも悩むことかもしれませんけど」
それもその通りだ。馬鹿であったから、勉強をしなくてはとおれも足掻いていた。十数年前だが、今でも鮮明に覚えている。悩みや不安は、誰の胸の中にも大なり小なりあるものなのだろう。年齢や時代や時間は関係ない。おれなんて日々、悩んでいる。芸人になりたいと思ったときも、ユーチューブに動画を投稿しようと思ったときも、そして髪を赤に染めようとしたときもだ。考えを巡らせ頭を悩ませた。
「村については、なにか言ってた?」
この質問は、弥彦と裕貴の眉をぴくりと動かした。いけないと思った。ちゃんと考えなかったが、村の出身者には失礼に聞こえてしまう。
優花は気にすることなく言った。
「ううん、なにも。田舎だけど、この村のことは好きだと思います。都会への憧れは、私もですけどありますけどね。この村には、女優さんも髪が赤い人もいませんし」
この返答はおれの口角を上げた。失礼のお返しとばかりに言われてしまった。だが都会でも、赤い髪はそうそういない。
「家族のことをなにか言っていなかった?」
「……お母さんは細かいってプリプリしてたことはあったけど……。ああ、そうだ。プリプリで思い出したけど、結愛ちゃんは進学校に入っているんですよ。それで勉強は大変だって愚痴ってましたね。そこまで親に勉強をしなさいって言われるわけじゃないけど、やらないと自分のレベルが落ちるって」
「勉強にはついていけてそうだった?」
「それは大丈夫だって言ってましたね。でも油断はできないから、ストレスらしいです」
消える直前も熱心にも勉強していた。ゴールデンウィークなのに朝から頑張っていた。勉強のストレスが、なにか関係してるのだろうか? 勉強に疲れ自殺とまでもいかないにしても、消えてしまいたいと思った。もしくはストレスが原因でいかがわしい連中との付き合いができ、そこからトラブルで――。
ずいぶんと飛躍していると、自分でも理解している。
「もう一つ思い出したことがあります」
と優花は言った。
「なに?」
「中条律くんと、以前言い争いをしたことがあるんです」
「怒鳴り合ってたの?」
「そこまでじゃないですよ。ちょっと言い合いに……。でもお互い気にしてないと思うし、それがあったあとも普通に話してましたし」
「揉めた理由は?」
「ごめんなさい、ちょっとわかんないです」
優花は少し頭を下げた。
「いや、いいよ。次はその律くんのところに行こうと思ってたところだし」
腕を組み黙って聞いていた弥彦が、顔を上げ、おもむろに口を開いた。
「結愛ちゃんは、なにか神の怒りに触れたことをしたんだろうか」
「んんー、あったかなぁ……」
今度は優花が腕を組んだ。数秒間唸っていると、あっと声が出た。
「何年か前だけど、禁止事項のことをおかしいって言ってたなぁ。意味があるのかなって。でもそれだけだよ?」
「それがいけなかったのか……」
何年も前のことをなぜに今になってという疑問はないのだろうか。些細なことを根に持ち、些細なことで隠したのだとすれば、ずいぶんと器の小さな神様だ。
それに弥彦は気づいていない。一緒に遊ぶため神様が隠し、少しすれば帰ってくると先ほど弥彦は言っていたが、怒りに触れて隠されたのなら、遊ぶ目的などではないだろう。怨みからくるものだ。少しして帰って来れるとは限らない。帰って来れない可能性の方が高い。
遊ぶと怒りでは、意味がまったく変わってくるのだ。
「なんで神隠しが起こったんだろうなぁ」
と裕貴は左上を見ながらぽつりと言った。
「なにか村で変わったことって――あっ」
はっとしておれたちを見た。おののいている視線だった。禁忌を見る目だ。すぐに視線を逸らしたが、裕貴自身も意味がないと知っていることだろう。
おれたちが村に来たことにより、結愛が神隠しにあったのか?
背中に冷たいものが走ったが、易々とは首肯できない。なら、どうしておれや瑛華が神隠しに合わないのだ? 筋が通らないではないか。
もしそんな筋違いな理由で結愛を隠したのなら、今すぐにでも連れてきて、こんこんと説教してやる。
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