第41話 痕跡
中へ上がらせてもらうことにした。模様替え中だったみたいで、家具の配置が以前とは違っていた。弥彦や裕貴がマスクをしていたのもそのためだろう。カーペットの上には机だけ置かれ、閉じたノートパソコンが物静かに乗っていた。カーペットを引っ張ったらしく、折れたり盛り上がっている箇所があった。クッションやテレビやミスターXは隅に追いやられている。部屋の真ん中、洗濯物が入ったカゴの横に、裕貴はへたり込んでいた。
弥彦と瑛華が傍にいき、なにか言葉をかけている。裕貴はこくこくと頷き、聞いていた。顔は白いが、パニックにはならず意識ははっきりしていると感じた。
おれはガラス戸を開け、優花がしゃがみ込んでいた場所を見下ろした。誰も足を踏み入れていないので、Hのような跡がある。
非常に不可解だ。
Hのような跡もそうなのだが、優花の足跡が一切ないのだ。わずかな跡も見当たらない。しゃがみ込んでいたのだ、残さないのは不可能だ。足跡までも一緒に消えてしまったのか?
おれは顎に手を当てた。
このHのような跡があった上に乗っていたのだろうか? 石ブロックや雑草により、足元は見えなかった。その物は隠れ確認できなかったのだ。乗っていたとすれば、足跡は残らなくて当然である。わかっているのは、それほど高さがないということと、縦の二つの線は若干八の字のように斜めになっていること。
色々考えてみたが、浮かばなかった。
物ではなく、棒を置いていたのか? 棒の上を乗り、その不安定さを優花は楽しんでいた。縦二つが斜めになっているのも、そこに足を乗せるため開かせているのだ。しかし、ならば真ん中の横線はなんだ?
眉根を寄せじっと目を細め、跡を見つめた。瞬時には目を大きくした。
待てよ、ならば物や棒かはわからないが、それはどこに消えたというのだ。辺りには見当たらない。跡だけを残し、優花と一緒に消え去った?
わからない。ますますわからなくなってきた……。
結愛に続き、優花までも消えた。同一犯による犯行か。二人を攫った理由はなんだ。二人と関連のある人物である可能性は高い。それでも犯人の候補は浮かばなかった。小さな村であるため、誰とも繋がりはあるだろう。優花が攫われ、優花に話を聞いたが、怪しげな人物の名前は出さなかった。
二人の共通点はなんだろう?
少女、学生、幼なじみ、人懐っこい性格。
接してきて思ったのが、人から好かれる愛らしい少女で、怨まれるような性格ではないということ。では動機は怨みではなく、また愛憎か。
結愛と優花が共謀して消えたとも考えることができるだろう。仲の良い二人が示し合わせ、神隠しに見せかけた。だが、消えたタイミングは違う。示し合わせたのなら、二人一緒に消えそうなものだ。それに昼間ではなく、朝方に姿を消した方が他の者の目もないため都合がいいはずだ。わざわざ人が見ている前で消えなくともいい。
どちらにしても、消えた理由は見つからない。弥彦や統司から話を聞かなければならないだろう。
後ろを振り返ってみると、巫女は既に来ていた。へたり込んでいる裕貴の傍に瑛華と弥彦がおり、巫女と宮司は立ち見下ろしていた。
ガラス戸を閉めると、近づいていった。すぐ傍に立った。
「何事もなく帰ってくるよ、安心しなさい」
と和恵は言った。統司も横から援護するように言葉をかけている。
「そうですか……」
裕貴は項垂れながら言った。声から察するに、神隠しへ疑念はあるようだった。
「神様を想い、過ごさなければならないよ」
「はい……」
和恵は弥彦の方へ向くと、
「あんたもだよ」
「わかっている」
「けども、どうして優花も神隠しにねぇ。あの子、なにかしたのかねぇ」
「なにもしてないはずですが……」
と裕貴は顔を上げた。力強い瞳をしていた。
「いや、わかんないよ子供のやることだからねぇ。結愛と一緒になって、なにかやったのかも」
「結愛ちゃんと……」
裕貴は奥歯を噛み締めていた。憎しみが結愛に向かなければ良いが。
「和恵さん」
とおれは声をかけた。みなが一斉に顔を向けた。
「またあんたが目撃したんだね」
「はい」
「なんだろねえ、神に愛されてるのか、それとも逆なのかぁ……」
「おれはまた捜査をしたいと思ってるんですが、いいですか」
和恵はなにやら考えていたが、
「……わかった。いいでしょう」
「ありがとうございます」
おれは言うと、すぐさま疑問が湧いてきた。ありがとうございます? いや、礼を言うことではないのだ。神隠しであると決めつけ、通報しないのがおかしいのだ。捜査するしないを決めるのも変だ。
どうしても、村の禁止事項には疑念を持ってしまう。
「もし、六日が過ぎ優花が帰ってこなかったら、警察に連絡してもいいんですよね」
と裕貴は言った。
「ええ、もちろんさ。けれどもね、心配しなくとも帰ってくるよ」
「はい……」
和恵と統司は、二、三言残すと家から出て行った。
裕貴も弥彦も動こうとせず、黙っていた。頭の中では色んな感情が押しかけ、散らかすだけ散らかしているのだろう。
おれと瑛華は顔を見合わせたが、なにも言えなかった。どんな慰めの言葉をかけても、慰めにはならない。
おれはカーペットの上に、光るなにかが落ちているのを発見した。摘み拾い上げてみる。小指くらいの長さの、金属棒だった。とても細く、小指の半分ほどの幅だ。工場なので使う、小穴を測定する道具だろうか。
「あの、これ落ちてましたよ」
とおれは裕貴に渡した。最適でないことは明白だが、慰めの言葉よりもましなのも明白だった。
「なんだろ、これ……なにかの金具かな……。ありがとう」
裕貴は首を傾げ受け取ると、ポケットにしまった。おれは裕貴と弥彦の前に座り込んだ。瑛華もおれの隣へ腰を下ろした。
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