第42話 消えた理由

「巫女さんに言ったように、おれは独自に捜査したいと思ってます。なのでお話を聞かせてもらえませんか」

 裕貴は頷いた。

「わかりました、お願いします……」

「模様替えをしていたんですか」

「そうです。途中なもんで、散らかってますが」

「前から予定されてたんですか」

「前からです。ちょっと雰囲気変えたいなって、オヤジと話してました」

 弥彦は頷いた。

「誰かに模様替えのことを話していました?」

「いえ、特には言ってないと思いますけど……隠してたわけじゃないけど、言う機会もなくて」


 犯人は、模様替えでバタバタしているところを狙ったのかもしれない。二人の目が優花から離れ、都合はいい。だが誰にも話してないとすると、どこからもれたのか。犯人はずっと観察しており、機会を窺っていたのか?


「優花ちゃんは外でなにをしていたんです」

「なにをしていたんでしょう? 外にいるのは知ってたんですよ。重い物は持てないから、手伝いはいいって優花に。散歩でもしてたのか、外の空気を吸いたかったのか……」

「ガラス戸の前でしゃがみ込んでいましたよ」

「前ですか」

 裕貴は首を捻りガラス戸を見た。

「なんだろ、アリでも見てたのかな。優花は、ちょっとボーッとしているところがありますので」

「しゃがみ込んでいる姿は、お二人とも見えなかったんですか」

 と瑛華は言った。

「ええ、見えませんでした。端っこの方で作業していたからかな……」

 裕貴が答えると、次に弥彦が言った。

「私も一緒だ」

「そうですか」


 瑛華はおれの方をちらりと見た。バトンを渡したいらしい。おれは受け取った。


「いつから優花ちゃんの姿を見なくなりましたか?」

「いつ、いつだろ……。家を出てからだから、十五分前くらいかな……。オヤジは?」

「私も一緒だな。家を出て行ったきり」


 おれは騎手が馬に鞭打つように、こめかみを人差し指でトントンと叩いた。頭の回転が上がるのかはわからないが。

 十五分前から、優花はガラス戸の前にいたのだろうか。それだと姿を見ていないというのもおかしな話だ。元々別の場所におり、ガラス戸の前にしゃがみ込んだと考える方が妥当だろう。そうしてすぐさま消失してしまった? 犯人は、優花がガラス戸の前に来なければ攫えなかったのか? あの場所に意味があるのだろうか。だが優花がやってくるとも限らない。誘導したのか、と思う。どう誘導したのだ?

 あのHのような跡か……?


 おれはガラス戸を指さした。

「優花ちゃんがいた場所に、妙な跡があったんです」

「どんな跡ですか」

「なにか物を置いていたのか、地面にHのような跡があるんですよ」

「え、なんだろ」

 裕貴と弥彦は立ち上がると、確認しに向かった。戸を開け地面を見ると、疑問の声を上げた。戻ってくると、わからないと二人は言った。

「なんの跡なんでしょう?」

「わかりません。でもお二人とも知らないとなると、優花ちゃんが連れ去られたことと関係はあると思われますね」


「――つ、連れ去り……」

 裕貴は悔しそうに下唇を噛んだ。連れ去られている光景が浮かんだのだろう。考えは止まることなく、その後の優花と犯人の姿まで思い浮かべるはずだ。憤怒し、より悲観的になっていく。よくない傾向だった。

「Hのような跡はありましたが、優花ちゃんの足跡はありませんでした。しゃがみ込んでいたので、わずかながらも残るはずなんですよ」

「なんでだろ……元々優花はそこにいなかった……?」

 裕貴は小さな声で言った。興味深いことを言う。優花はいなかったとなると、おれたちが見たのは虚像の類いだったのか? Hのような跡は、虚像を生み出すための装置か。

 しかし、その装置とやらをどうやって回収するのだ。地面に溶けるはずはない。装置が置かれていれば、裕貴や弥彦も気づくはずだ。そしてその装置とはいったいどんな物か?


「Hのような跡になにか思い当たりましたら、教えてください」

 とおれは言った。

「わかりました」

「じゃあ、模様替えをしていて、なにか物音を聞いたりしましたか?」

「いえ、ないですね」

 弥彦も同様の答えだった。

「見かけない物を周辺で発見したりとか、怪しい人物を見た、ということもありません?」

「はい」

「そうですか……。優花ちゃんの朝の様子はどうしでした」

「結愛ちゃんが神隠しにあったので、元気はありませんでしたね……」

「怯えているようでした?」

「そんな感じではなかったかなあ。帰ってくるのかと、心配はしていましたけど」

「外に出て行く時はどうしでした。いつもと様子が違うなと感じるとこはありましたか」

「特には」

「例えば、友達と揉めたとか、村人の誰かと衝突したことはありませんか?」

「え、優花が? ありませんよ、そんなの」

 裕貴は強い口調で言った。言い切ってしまえるのは、娘のことは知り尽くしていると自負してるからなのか。だが子供は、親が知らないだけで色んなことを学び、隠し事もし、日々大人になろうとしているのだ。


「学校でトラブルがあったとは聞きません。成績もそこそこいいし、悪さをするタイプではありませんから。ただ、律くんと友達なのは、少し心配なんですが……」

 中条律は、優花とは違い悪さをするタイプなのだろう。大人びてクールな印象だったが、素直な性格であるようにおれは感じた。やんちゃをするといっても、人を傷つけるようなことはしないだろう。

「結愛ちゃんと優花ちゃん、二人は友達でした。村に来たばかりのおれも、二人はとても仲がいいと感じました。まさしく姉妹のような」

「そうですね、優花は結愛ちゃんのことを慕ってましたから……」

「この二人が消えたとなると、なにか関連があるのかと考えてしまいます」

「二人とも犯人といざこざがあったりとか?」

「そういうことも考えられます。でも、もし犯人がいないとすれば?」

「どういうことです」

「二人は示し合わせて、失踪したとも考えられるんですよ」

「どうしてそんなことを? イタズラだとでも」


 裕貴は前のめりになり怒りをあらわにした。おれは両手を出し制した。


「落ち着いてください。そういった可能性も否定できないっていう話ですよ」

「……そうですか」

「禁止事項により、数日間は村から出られませんよね。そのため、どこか行きたい場所があり、神隠しに見せかけた」

「そんな話は聞きませんでしたが」

「なんでもいいんです。観たい歌手のライブがあるとか、友達の集まりがあるとか」

 裕貴は目を瞑り考えたが、首を捻った。

「思いつきませんね……」

「そうですか」

 前々から計画を立てており、親に言わなかったとも考えられる。疑られるからだ。部屋に手がかりはないだろうか。

「優花ちゃんに彼氏はいましたか?」

「いませんけど」

 裕貴は眉をぴくりとさせた。子煩悩。娘を持つ男親は、大なり小なりこの手の話題には神経質になるのかもしれないが。

 男親、という文言で思い出したことがあった。


「失礼ですが、奥さんは?」

 ぴくりとさせた眉を、今度は下げた。

「昔に別れましてね」

「今はどちらに」

「関西にいます」

「母親に会いに行ったとは考えられませんか」

「んん〜、けれど月に一回は会ってますからねえ。わざわざ会いに行くかどうか……」

「それもそうですよね」


 母親に会いに行くのだとすれば、結愛は関係がない。結愛と共謀する意味はない。

 話を終えると、優花の部屋を見せてもらうように頼んだ。裕貴は子煩悩ゆえ渋っていたが、仕方がなさそうにわかったと言った。


 優花の部屋は五畳ほどで、ピンクのカーテンにピンクのカーペット、ベッドにはペンギンやカエルのぬいぐるみが並び、とても少女的であった。本棚には少女漫画が置かれている。勉強机には筆記用具やノート、それと携帯ゲーム機もあった。ありふれた、少女の部屋。手がかりになりそうなものはなかった。

 そういえば、と思った。結愛の本棚にも、同じタイトルの少女漫画があったな。漫画のイベントがゴールデンウィークにあり、どうしても行きたかった。しかしそうだとすれば、わざわざ二日もずらさず結愛と同タイミングで姿を消すか……。

 リビングに戻ると、漫画のイベントがないか裕貴に調べてもらった。おれと瑛華はスマホを持っていない。裕貴は文字を打ち込んでいき、画面をスクロールしていたったが、そのようなイベントはないと言った。

 やはり外れか。


 礼を言うと、おれたちは外に出ようとした。玄関で靴をはいていると、裕貴がやってきて、深々と頭を下げた。


「どうか優花を見つけてください……!」


 面食らったが、おれはわかりましたと言った。裕貴は顔を上げ、顔を綻ばせた。ずきりと胸が痛んだ。諦めたくもないし自分の手で解決したいが、おれの力はたかが知れている。結愛や優花、それに家族たちのことを考えると、改めて警察に知らせた方がいいと思った。

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