第43話 苛立ち
おれは、神田家の後ろにある家へ向かった。先ほどの洗濯物を干していた主婦からもう一度、話を聞きたかった。
ベランダにはおらず、チャイムを押した。表札には、野々山(ののやま)と書かれている。出てきた野々山は、おれたちの顔を見るとあっと口を開けた。
「先ほどの」
「どうも。実はですね――」
おれは優花が消えてしまったことを説明した。野々山は驚きながらも、だから話を聞かれたのかと、納得していた。
「優花ちゃんもですか……」
「おれたちは二人を探してるんです」
「でも神隠しだったら、見つけるのは無理なんじゃ」
「人の手による犯行かもしれませんから。野々山さん、ベランダで洗濯物を干していましたが、それは何分ほどでした?」
「十分くらいかな」
「おれたちが来たのは、干し始めてどれくらい経ってました」
「三分くらいだと思うよ」
「その間、この場を離れたりはしませんでした?」
「してないよ」
「では、下に誰か通っても、見逃すということはありませんか?」
「ないよ」
野々山は力強く言った。
「下は見えてたし、あななたちが通ったのも見えたもの」
「なるほど」
「そりゃ、目にも止まらぬ速さなら別だけど」
野々山の言うことは信じてもいいだろう。優花が消えたとき、誰も通らなかった。神田川家に近づく者はなかった。
「最近、不審な人物をこの周辺で見たりしませんでしたか」
「見てない」
「答え辛いことをお尋ねしますが、神田川さんと仲の悪い人や、最近トラブルがあった人っていませんかね」
「いないかなあ」
「そうですか。ありがとうございます」
おれたちは野々山から話を聞き終えると、周辺に犯人の痕跡はないかと探した。なかった。結愛の騒動のときは、橋を渡った先に足跡があった。今回は雨を降っていないし、犯人も細心の注意を払ったのだろう。
次は神社に向かうことにした。巫女に呼ばれた用件も気になっていた。村に神隠しが起こったことを伝えに行ったとしても、既に神社に帰っているはずだ。
「優花ちゃん、無事かな……」
と瑛華は言った。
「そう祈るしかないだろうな……」
「どうして帰ってくるって、和恵さんたちは言えるんだろ」
「神様のことを、信頼してるってことだろうな。神隠しは、人好きな神様が起こしたもので、危害を加えるつもりはないと。村の人たちも、そういった考えだろな」
「私たちもそう信じておこ」
「だな」
狭い道を進んでいき、左手に神社に見えてきた。体の向きを変え、鳥居をくぐろうとしたところで、声が聞こえてきた。おれはぴたりと足を止め、体を壁につけると顔を少し出し、確認してみた。石畳の上に、和恵と統司が立っている。険しい表情をして、ヒソヒソと会話していた。
ちゃんと終われるのか、もう時間はない、上手いこと解決すれば良いが……。
かすかにそういった言葉が聞こえてきた。会話の全容までは掴めない。なにが終わり、上手く解決すればとはなんだ? 神隠しのことを、話しているのか?
不審に感じた。二人の会話が終わり、おれは鳥居をくぐった。慌てて瑛華もついてくる。
「なにを話していたんです」
とおれは近づきながら尋ねた。統司は少々驚いていたが、和恵は冷静だった。
「いや、こっちの話だよ。近く神社で催し物があるからねえ、その心配を」
「ふうん、そうですか」
信じていいものかと思った。確かに先刻の会話が、神隠しが関係あるとは限らない。おれの早とちり、神経質になっているところもある。なにか決定的な言葉を聞いたわけでもない。
「村の人たちには伝えたんですか」
「伝えたよ」
「どんな反応を取ってましたか」
「どよめいてはいたけど、神様に粗相があったはいけないからね、皆に落ち着くように言っておいたよ」
「おれたちに用があったみたいですけど、なんだったんですか」
「ああ、それはね、またネタをしてもらいたいと思ってね、そのお願いをしようと思って。けども、また神隠しが起こったから、状況が変わってねぇ」
第二回目が行われるという予感は的中していたらしい。神様もネタを見るのが嫌で、妨害するため神社に向かう道中に、二度目の神隠しを起こしたのではあるまいな。
「和恵さんは、なんで神隠しが起こったんだと思いますか。神様のためにと、おれも芸事をしました。でもこんな結果です。おかしいとは思いませんか?」
「まだ神様は遊び足りないんじゃろうな、仕方がない」
平然と言える和恵に、恐怖を覚えた。結愛や優花、その家族たちの気持ちをまったく考えていない。奥歯を噛み締め、拳をきつく握った。段々と、腹が立ってきた。神と人間、どちらが大事だというのだ。決まりきったことを、この人たちはわかっていない。
「神隠しだとすれば、巫女さんなのになにも感じなかったんですか? 神に使える身でしょうに」
瑛華はちょっと、とおれの手を引っ張った。けれど怒りは収まらない。引く気もない。
「統司さん、あなたもだ。宮司をしている意味があるのか」
「なんだって」
統司は眉根を寄せ睨みつけてきた。挑発的に言ったのだから当然だろう。上等だ。おれも目を逸らさず、じっと見据えた。
「なら言わしてもらうが、あなたたちは二回も目撃している。あなたたちに問題があるのでは? 神様を侮辱してるのでは?」
「確かに二回も目撃している。でも二回目は傍に統司さん、あなたもいましたけどね」
「ぼ、僕のせいだって言うのか!」
「さあね」
和恵は統司の前に手を出し止め、瑛華はおれの手を強く引っ張った。怒りは消えなかったが、揉め事を起こすわけにはいかない。口論で留めておかなければ、沢村ディレクターにも迷惑をかける。
統司はくそっともらすと、建物の方へ歩き出した。
「せがれもせがれだが、あんたも言い過ぎなんじゃないかい」
和恵は統司の背中から、おれに目を向けると言った。
「すいません」
とおれは言った。謝罪の気持ちはこれっぽっちもなかったが。
「和恵さん、もし人の手によるものなら、誰が怪しいと感じますか?」
「そんな奴は村にはいないと思うけどねぇ」
「二人を攫ったのは、なにか目的があるのかもしれない。もしかしたら相手は変態ということも考えられますよ。可能性は否定できない」
「いないね!」
和恵は言い切った。声には険があった。和恵もおれの物言いに、苛立っていたらしい。おれはくすりと笑った。
「村人ではないとすると、外部の人間かもしれませんよ」
「まさか……」
「神隠しを利用しているのかも。まあ、気がついたら教えてくださいよ」
おれは和恵に倣い険のある声で言った。くるりと背を向けると、神社から出ていった。なにやら瑛華が謝っているのが、背後で感じた。申し訳ないと思う。
もちろん、瑛華にだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます