第44話 生贄
鳥居をくぐり瑛華が出てくると、おれの隣へやってきた。おれたちは並び歩いた。
「ももちゃん、喧嘩はやめてね……」
「わかってるって。でも我慢できなくてさ」
「気持ちはわかるけど……。敵を作るのはまずいよ」
「彼女さんの言う通りだ。悪かった」
「もう、本当に思ってるの」
彼女さんにはどうやらお見通しだった。だが後悔はしていないが、反省をしていないわけではないのである。そう言うと、少し考えた後、結局ダメじゃん!! と慌てて顔を向け怒られてしまった。
中央エリアを横断し、右エリアへと向かう。
佐田の家の前では、家主と律が話していた。とても親しそうにしている。昨日も、裕貴を交え話していた。裕貴の律へと評価は悪いが、それは子煩悩ゆえ娘が絡んできたときだけで、普段の仲は良いみたいだ。複雑ではあるなと思った。
声をかけると、二人はこちらを向いた。佐田はフランクに手を挙げ、律は無反応だった。悪感情もなければ好感もないのだろう。
「また神隠しが起こったらしいね」
と佐田は言った。声をひそめ鹿爪らしい顔をしているが、実際は好奇心でいっぱいだった。オカルトが好きなため、悪意はないのだろう。
「はい、またおれたちが見たんです」
「また君たちが!」
「運がいいのか悪いのかわからないね」
律はぽつりと言った。和恵も似たようなことを言っていた。一方では良いと言えるだろうが、もう一方では悪いと言える。捜査をする上では目撃した方が参考にもなる。しかし根本的に考えると、消失など元から起こらなくていいのだ。
瑛華は、全然良くないよと辛そうに言った。
「佐田さん、神隠しについて詳しいですよね。おれたちにも色々教えてくれましたし」
「そうかなあ」
褒め言葉と勘違いしたらしく頬を緩めた。
「失踪騒動が、二度起こった事例ってあるんですか。立て続けに」
「俺の知っている限りでは、ないんじゃないかな。な、律くん」
「と思うよ」
佐田は律からおれに視線を向けた。
「なんで二人がって、俺も考えたんだ。そこで行き着いたのが、神隠しは生贄と似ているっていうこと。この村の神隠しも、生贄説があっただろ」
生贄? 現代で? 生贄というのは、飢餓や自然災害が起き沈めるために捧げる。二人を捧げたとして、なにが癒えるというのだ。飢餓や災害は起こっていない。そして誰が生贄を捧げようとしているのか……。
佐田は話を続ける。
「しかも生贄に捧げられるのは娘が捧げられる例が多い。なぜか? 伝承というのは物語性がある。若い娘、というところに憐憫の気持ちが湧くんだよ」
「今回もそうであると? つまり佐田さんは人間の手によるものだと言いたいんですか」
「いや、そこまで考えているわけじゃないけど……。ただ思いついたからな」
「もし生贄だとすれば、誰が捧げようとしたと思いますか」
「そんなのわからないよ」
佐田は肩をすくめた。
「それに現代において生贄というのはね、ふふっ」
生贄の話題を持ち込んだのは佐田であるのに、小馬鹿にするように鼻で笑った。オカルト好きの佐田も、生贄説には賛同しかねる。生贄説は破棄しても良さそうだ。
神隠し騒動が起こる前はなにをしていたのかと尋ねると、ずっと家にいたと言った。布団の中でごろごろしていたみたいだ。佐田はまだくつろぎ足りないのか、家の中に入っていった。
おれと瑛華、律の三人だけになった。律は佐田が去って行った家を見つめ、微笑を浮かべている。
「佐田さんと、仲がいいみたいだな」
とおれは言った。
「友達なの?」
と瑛華。ずいぶんと年の離れた友人だ。
「友達っていうのとは少し違うかもね。好きな雑誌があって、その仲間なんだ」
「もしかしてミスターXじゃない?」
「正解」
律はご明察と瑛華を指さした。ミスターXはこの村では大人気らしい。
おれは律を見た。
「どうして優花ちゃんも消えたと思う?」
「さあ、オレに聞かれても。神隠しだろうと人の手によるものだろうと、オレには思い当たらないな」
「結愛ちゃんが消えたあと、優花ちゃんとは会った」
「会ったよ」
「どういった様子だった」
「悲しんでた」
「それだけ? なにかに怯えていたりとか、怒っていたりとか。歳も近い律くんになら、言えることもあるだろうし」
律はゆらりと首を左右に振った。
「悪いけど、なにも」
「誰かとトラブルがあったりとか」
「知らないって」
律は突き放すように言った。質問にうんざりしているようだった。だが幼なじみが二人も消えたのだ、いくらクールな性格といえど心配じゃないのか? なにか知っていることがあるのだろうか。
「なんでもいい、手がかりが欲しいんだよ」
「ないよ。知ってたらお兄さんに教えてるって」
「そう……」
「ずいぶんと焦ってるね。落ち着いて、落ち着いて」
律は馬を制止するように、どうどうと両手を出した。
落ち着いていられるか! と叫んでしまいたかった。
「神隠しじゃなく犯人がいたとして、外に出るなら当然だけど村の入口からだよね。山を通るのは辛いだろうし」
「バスも出ているか」
「車で逃げるのなら、道路に出なくちゃいけないしね」
「確認してみるか……」
律と別れると、おれたちは村の入口に向かった。車やバスで逃走したとしても、手がかりが残っているとは思えないが、念の為である。
右エリアから中央エリアに入り、入口の石階段に近づいた。
石階段が見えたところで、おれはギクリと足を止めた。横に並んでいた瑛華も、慌てて止まった。
「ど、どうしたの」
「見てみろ」
おれは指を指した。瑛華はあっと声に出した。
石階段の傍には、二人の男が見張るように立っていた。タバコを吸い会話をし、くつろいでいるようにも見えるが、周りに視線を鋭い向け警戒していた。
禁止事項を守るために、村から出るものがいないか見張っているのだ。おそらく、よそ者であるおれたちのことをなにより警戒している。村を飛び出してもおかしくないと思われているはずだ。
手がかりは見つからなかったが、この村の異常性を垣間見てしまった。それほどまでに、禁止事項が大事なのか? 二度も神隠しが起こった今、守る必要もないはずだ。
男たちに問いただしたかったが、おれは引き返そうと瑛華に耳打ちし、退却した。見つかれば厄介なことになりかねない。問いただしてもおれが望む返答もないだろう。
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