第40話 二度目
例によっておれと瑛華は宮司の後ろをついていく。例によって会話なく、喋りかけるのも躊躇われた。一の橋から右エリアへと向かい、狭い道を進む。仮に第二回が行われたとして、神様は満足してくれるのだろうか。つまらないと不評だったならば、目も当てられないことになる。
右手に石ブロックが積まれた斜面が見えてきた。もうすぐで神社である。左手に民家があり、壁際にゴミが置かれていた。空き缶やドラム缶、ソファーまである。のちに捨てるため出しているのであろうが、狭い道のため非常に窮屈だった。おれと瑛華は一列になり、通ろうとした。
前を歩いている瑛華が顔を斜面側へ向け、おれも釣られた。石ブロックや草が邪魔だが、優花の家が真正面に見える。ガラス戸の前に、優花が両膝を揃えしゃがみ込んでいた。既にこちらに気づいており、にこにこと笑い右手を振っていた。
「優花ちゃんだ」
嬉しそうに言うと、立ち止まり手を振ろうとした。
おれも手を振り返そうとし、気がついた。
結愛が消失した場面と、まるで同じだ。手を振っていると、次の瞬間には消えてしまう。
まさかな、と思う。まさか優花までも消えるはずはない、と。気にし過ぎだ――
だが、そのまさかだった。
おれと瑛華が手を挙げところで、優花はぱっと一瞬にして消えてしまった!
これが現実なのかわからない。有り得ないものを目にしてしまい、視界が歪んだ。二度目の経験だろうと慣れやしなかった。
激しい動悸がする。恐ろしくなってきた。瑛華は小さく悲鳴を上げている。なぜ優花も消えなければならないんだ!?
「と、統司さん! 神隠しだ!!」
「ええっ!」
「行きましょう!!」
おれは統司を押し退けるように走り出した。
「ももちゃん!」
と後ろから瑛華が叫んでいる声も聞こえる。
斜面を沿って走っていく。優花の家に向かうには、回り込まなければならない。斜面を角度がきついため登るのは難しい。もどかしいが、これが最短のルートだった。
回り込むと、木々が生えた道が見えた。両腕を思いっきり振り、思いっきり地面を蹴った。木々のあいだを通っていく。からかうように小鳥が鳴いていた。
並んでいる民家を四つ過ぎた、五つ目の場所が優花の家である。休む間もなく走った。斜面を見下ろしてみたが、瑛華や統司はいなかった。後ろにいるのだろう。
四つ家を過ぎ、神田川家についた。優花がいたガラス戸の前には、奇妙な跡が残っていた。
地面の上に、Hのような跡がある。縦の二つの線は八の字のように斜めについており、一つ一つの線は太い。縦幅四十センチ、横幅八十センチほどの大きさだろうか。いったいなんの跡だ? これは優花の消失と関係があるのか?
ガラス戸に人影が現れ、驚いた。裕貴が立っていた。マスクをし、雑巾を持っていた。掃除中だったのだろうか。
裕貴はガラス戸を開け、マスクを顎にまでずらすと、
「どうしました? 青い顔をして」
「あ、あの、落ち着いて聞いてください」
「は、はあ」
「優花ちゃんが、消えてしまったんです」
裕貴はぽかんと口を開け、視線をさ迷わせた。おれの言葉を呑み込めていなかった。
「え、え?」
信じられないらしく少し口元を緩めた。泣き出しそうな顔にも見える。
瑛華と統司がやってきた。おれの後ろに立っている。裕貴は助けを求めるように統司に視線を向けた。
「ほ、本当なのか?」
「私も見たんです……」
と瑛華は言った。裕貴は貧血を起こしたように、ふらりと座り込んだ。
「あ、い……ゆう、あ……」
言葉にならなかった。ショックは大きく、目に涙を浮かべたが、必死に堪えようとしていた。右手を口に持っていき、嗚咽を抑えている。焦ってはならないという、禁止事項を守るためだ。裕貴を見るのが辛かった。
「どうかしたのか?」
優花のおじいちゃんの弥彦が、裕貴の隣にやってきた。弥彦もマスクをし、裾をまくりタオルを首から下げていた。二人して掃除を行っていたのは確実だ。裕貴とおれたちを交互に見合わせ、訝しんでいた。
「優花ちゃんが消えたんです!」
「なにい!」
弥彦は目を大きくした。やはり信じられない様子だったが、詳しく説明している暇はない。
「捜索した方がいい、行きましょう!」
「わ、わかった」
弥彦は目を泳がせながらも、なんとか言った。裕貴は立ち上がろうとしたが、足に力が入らないようだった。家に留まっておくよう、裕貴に言った。
家の正面側の方角に優花がいないのは確実だ。おれたちが斜面の下におり、この目で姿を見ていたからだ。有り得るとすれば、後ろ側。回り込んでみたが、家が二軒並びその先は山だった。
「いない、どこにもいない……」
弥彦は辺を見渡し言った。優花が消えたのを見て、神田川家についたタイムは約二分、いや、一分とちょっとくらいか? その間に消えてしまった。
優花や犯人と思われる人物の姿はなかったが、右手の家のベランダで洗濯物を干している主婦がいた。なにか目撃しているかもしれない。おれは期待しながら近づいた。
「すいませーん」
おれは顔を上向け呼んだ。主婦は手を止めると、下を覗き込んだ。
「なーに?」
「いつから洗濯物を干してましたー?」
「数分くらい前からだけどお」
「ここら辺を誰かが通るのを見ませんでしたか?」
主婦はぶんぶんと首を振った。
「いいえ、なにもー。誰も通ってないよー」
「なら物音とかはどうですかー」
「なにも」
主婦はまた首を振った。不審なものを見なかったと漠然なことを問うても、同じ反応だった。おれは主婦に礼を言った。
「探しても意味ないんじゃ……」
と統司は言った。
「神隠しなんだからさ……」
弥彦は言葉を詰まらせ顔を伏せた。色んな心情の動きがあるのを感じた。統司に言い返してやりたかったが、おれはぐっと堪えた。
「それでも探しましょう!」
「けどね……」
「いや、探すよ」
弥彦は顔を上げると頑として言った。
「私は探す」
弥彦の表情を見た統司は、顔を逸らしわかりましたと静かに言った。
そのあと、山の中にも入り探した。見つからず、捜索範囲を広めたが同じだった。結愛のときのように、痕跡はゼロだった。焦燥感と恐怖心が体を支配していた。
家に戻ってくると、統司は母を呼びに行くと言った。ここでもやはり巫女の判断が必要らしい。
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