四章 懲りない神隠し
第39話 頭を掻く
五月五日。
おれはほ〜い粗茶を片手で飲みながら、もう片方の手は机に肘をついて頭を掴み、考えを巡らせていた。
犯人は誰なのか、どうして結愛を攫ったのか。聞き込み調査により、恨み辛みによる犯行の可能性は低いとわかった。その真逆である、好意よる連れ去りとも考えられる。愛憎、と表現した方がいいかもしれない。けれど交際していた相手はなく、動機に当てはまる人物もいない。
神隠しを装ったのは、この五日間は警察に通報されないためと知っていたからだろう。連れ去る姿を目撃されない限り、村人は神隠しと盲目に信じる。人を攫うには最適なのだ。
外部の人間による犯行の可能性はあるのだろうか? 村に立ち入れば目撃は避けられないだろう。おれたちのように客人の場合、怪しまれることはない。問題は、結愛を攫ったとしても、どこに監禁しておくのか? という点だ。寝泊まりさせてもらう家に? それならば協力者がいるということになる。
そうか、複数犯による犯行とも考えられるのか。
おれはガジガジと頭を搔いた。
それに犯人などいない可能性も考慮しなければならない。探られない五日間を利用し、結愛は姿を消した。この場合の理由はなんだ? 勉強にうんざりし逃避したのか、人に会いに向かったのか。どちらも、聞き込みでは確証は得なかった。
犯人の有無や動機は、この際置いておこう。
消え去った方法だ。これがわからない。結愛が消えた瞬間を、おれと瑛華はこの目で見た。方法がまったくわからない……。なにか道具を使ったのか? 目の錯覚を利用したとは考えられないか? それともなにかもっと別の――
おれがまた頭を搔いていると、瑛華は言った。
「そんな乱暴に搔いてたら、将来禿げるよ」
垂れていた頭を上げ瑛華を見ると、
「おれの親父もそのじいさんもフサフサだったから、平気だよ」
「そうだったね、でも母方のおじいさんは?」
「…………」
おれの時は止まった。頭の中では笑顔も頭も光り輝いているじいさんがいた。そっと頭から手を離した。
「苛立ってるの?」
瑛華は心配した様子で言った。
「いや、苛立ってるわけじゃない。焦ってるんだな」
「そうだよね……仕方ないよね……」
「ああ……」
あと二日経てば村長たちも警察に連絡を入れるだろうが、それはおれの力が及ばなかったことを意味する。探偵として失格だ。探偵芸人という称号は消え無になってしまう。もどかしい。前回、事件を解けたのはまぐれだったのか……?
おれはまた頭を掻こうとし、手を下ろした。
「ももちゃん、寝ててなにか夢を見てた」
「なんだ、いきなり。見てとは思うけど、思い出せないな」
「寝言で、中田さんの名前呼んでたよ」
「そうか……」
「だからなにか夢を見てたのかなって」
「ふうん、昨日ネタをしたからかな」
おれは誤魔化すように言った。
寝言で元相方の名を呼ぶとは。恥ずかしい。しかも瑛華に聞かれてしまっている。どんな声色で言ったのだろう。怒っているように言ったのか、呟くように言ったのか、それともすがるように? どちらも最悪だが、最低最悪なのはすがるようにだ。
どんな夢であるか思い出そうとしたが、片鱗も浮かんでこなかった。また別れのシーンか? どれだけ感傷に浸りたいのか。
あいつは今、なにをしているのだろうと思った。
相方として十年間連れ添ったがために、連絡を取り合う仲ではなくなっていた。お互い照れがあった。なので近況を知らない。元気にしてるのだろうか。いや、元気だろうが元気じゃなかろうがどちらでもいい、人より面白いことを言っていたらそれでいい。頑張れと言わなくとも頑張る性格であるから、会ったとしてもなにも言うこともないのだ。
戸が開いたかと思うと、香織が立っていた。
「宮司さんが来てるよ」
「またですが?」
「うん、なにか用があるみたい」
「わかりました」
今度はどんなことを頼まれるのだろう。早くも第二回目のネタ披露を開催するつもりではないだろうな。そしてまた寝言で中田の名をもらしてしまうのだ。
外に出てみると、昨日と同じように宮司は立っていた。寡黙な表情まで一緒だ。
統司はちょこんと頭を下げると言った。
「昨日はどうもありがとうございました。母も喜んでましたよ」
「いえいえ、お気になさらず。それでどうしました?」
「二度目で申し訳ないんですけど、巫女が呼んでいますので、少しよろしいですか?」
「わかりました……」
いよいよ第二回が目前に控え迫ってきたか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます