第38話 村を回る

 少しして立ち上がった。

 窓に近づいてみると、向かい側の家とその後ろにある山が見えた。村長宅は山と隣接している。向かい側の部屋の窓から、高校生、中学生くらいの女の子が見えた。本棚に本を戻していた。こちらに気がつくと、ぺこりと頭を下げた。中田も慌てて下げ、聞こえやしないのにどうもと言った。

 彼女が、沢村が会いたがっていた姪っ子だろう。元気そうにしていましたよと、伝えてやろう。


 家から出ると、歩き出した。村をゆっくり見回ってみようと思った。多少足を動かしておいた方が、考え事にも集中できる。

 玄関を出たすぐに村長がいたので、村のことを少し尋ねた。村の入口から見て、左のエリアには神社や畑があり、真ん中のエリアは民家などがある、右エリアは公民館があり旧神社へと続く道がある。旧神社のことを質問すると、土砂崩れにより半壊してしまい、移転したという経緯を説明してくれた。

 土砂崩れか。山の中に住んでいるため、そういった災害の恐れもあるのだ。神隠しよりも警戒しなくてはならないだろう。


 中田は村長と別れ、左エリアへと向かった。まずは神社へ行き、参拝しよう。願いもかなえてくれるかもしれない。左エリアは狭い道が多かった。畑などがあれば広く感じるのだが、建物に囲まれ少々息苦しかった。都会の路地とは違う寂しさがある。

 物珍しげに辺りを見渡していると、神社が見えてきた。鳥居にかかっている額には『落神神社』と書かれていた。大きく太い木が生え、神社の半分を覆っていた。写真に収めたくなるくらい、幻想的だった。

 石畳を歩くと、賽銭箱の前に立った。財布から小銭を取り出すと、賽銭箱にほうった。鐘を鳴らすと、二礼二拍手一礼した。お願い事をしたが、果たして叶うだろうか?


 ぐるりと反対を向き、神社から出ようとした。鳥居に近づいたところで、六十代くらいの巫女が角から現れた。

 挨拶すると、巫女は言った。

「どちらさんだい? 村のものじゃないよねえ」

「ええ、そうです」

「観光客かい?」

「そんなところです」

「へえ、珍しいね、こんな村を観光だなんて」

 巫女は自虐し笑った。


「いやいや、ええとこやないですか、趣きがあって。この神社だって素敵ですよ。なんや幻想的で魅力ありますわ」

「本当かい? それはありがたいねえ」

 巫女は照れたように笑った。可愛い婆さんだなと思った。

「この村って、神隠しの伝承があるんですよね」

「あるよ」

「いきなりで失礼かもしれないんですけど、本当に神隠しが起こったことがあるんですか?」

「ふっ、子供のように目を輝かせるんだね。……神隠しらしきものはあったけど、あれは神隠しとは言えないから、ないと答えておくよ」

「そのらしきものって?」


 巫女は説明してくれた。村長が物心つかない頃、一度行方がわからなくなったらしい。部屋から忽然と姿を消した。だが神隠しではなく、開いていた窓から進入した鷲に運ばれたのだという。中田は驚きの声を上げた。そんなこともあるのだなと思った。鷲は村長を食べようとしたのか? 考えただけでも恐ろしい。


「じゃあ、神隠しを信じてるんですか?」

「ふっ、どうだろうねえ」

 巫女は意味ありげに、片方の唇を上げ笑った。可愛い婆さんだと思ったが、ちょっぴり不気味な婆さんでもあった。

「あなたは外の人だから、疑問に思うのもわかるよ。だけどね、どちらにしても神様を想ってあげて」

「わかりました」

「じゃあね」

 巫女は横を通り過ぎ、神社へ去っていった。


 神様を想ってあげて。

 沢村が話していた約束事とやらも、同じような内容だった。

 中田は神社を離れると中央エリアに向かった。民家が多いこともあり、村人とも沢山すれ違った。新顔と思ったらしくフランクに話しかけてくれた。ただの旅行者だと告げても、よそ者を疎む様子もない。困ったことがあったら言ってねと、とても親切であった。沢村のお人好しは、この村の気の良さからきているのかもしれない。


 サワムラ畳店があった。中を覗いてみると、人がいる気配があった。磨りガラスのため確認することはできなかったが、沢村から兄も働いていると聞いていたため、沢村家の長兄がいるのだろう。挨拶をしようかと思ったが、仕事の邪魔をするわけにはいかない。後できちんとご挨拶させてもらおう。


 旧神社に向かうため、右エリアへ入った。そこでも村人たちに声をかけられた。小規模な村だが、人々の暖かさを感じられる。沢村が故郷を愛している理由がわかる。

 旧神社へ続く道は、山の中へと伸びている。道の入口近くには建物は少なく、寂しく感じた。中田は斜面になっている道を進んだ。旧神社まで距離があるらしく、中々見えてこなかった。

 風でゆらゆらと揺れる木々、自分の吐息と足音、人里から離れて行く感覚、そして神隠しの伝承。なるほど、これは不気味だ。仕切りに背後を気にしてしまう。村に来る前に、神隠しについて色々調べてしまったから余計に恐れてしまうのだろう。神隠しとしか思えない失踪事件が、沢山出てきたのだ。中田の住む千葉にも、八幡の藪知らず、という神隠しの伝承がある森があることにも大変驚いた。


 色々想像してしまい、なんだか心細くなってきた。中田はこの感覚に懐かしさを覚え、子供の頃を思い出した。


 母親から注意されていたのに心霊番組を見てしまい、いざ眠りにつこうとしたとき、怖くなってしまった。豆電球だけの部屋、とても静かで、たまに外から自動車の音が聞こえてくるだけだった。ライトにより窓ガラスが赤く光るのも、おどろおどろしく感じた。母と父が寝てる部屋へ行こうか、でも恥ずかしいし、だから言ったでしょと母に怒られてしまう。それとも、仕方ないわねと、掛け布団を持ち上げ優しく隣で寝かしてくれるだろうか?

 そんなことを考えていると、尿意が意地悪にも迫ってきた。布団の中でもじもじとし、トイレへ行こうか、けれど怖いなぁ、このまま寝てしまえないだろうか、と悩む。数分くらいは粘ってみるのだが、結局は布団を出てトイレへ向かう。電気をつけても廊下は怖く、ドタバタと足音を立て向かい、階段も慌てて下りていく。今にして思えば、音を立てることにより、恐ろしさを緩和させていたのだと思う。

 用を足すときも気を抜けない。背後に立てるくらいのスペースはあるからだ。手を洗うときも、鏡に誰か映っていないか心配だった。ドキドキしながら確認したものだ。

 勇気を出し、冒険をしたからだろうか? 部屋に戻ってくると、あんなに怖がっていたくさに、すんなりと眠ってしまうのだ。


 そうだ、危険な冒険を終えてしまえば、案外大したことはなかったなと、思えるのだ。恐怖と戦いながら向かうトイレも、夢をもう一度追いかけることも、同じようなものだ。案ずるより産むが易し。


 石段が見えてきた。頂上に鳥居も確認できる。やっと旧神社に到着した。


 旧神社は、聞いていた通り半壊していた。正面部分は無事だが、後ろの半分は土砂に埋もれている。人が離れてしまったためか、余計に歴史を感じた。

 旧神社もまた、神社と同じように一見の価値がある。マニアには生唾ものだろう。土砂に埋もれ、朽ちた神社。そこに人はなくうら寂しく。映画のロケ地としても使えそうだ。神隠しの伝承が残る村を、好奇心で訪れた大学のオカルトサークルの男女六人が、世にも奇妙な神隠しに遭遇し――。


 そんなストーリーが漠然と頭に浮かんだ。脚本を書き売り込もうにも、有り触れたどこにでもあるようなホラー映画である。門前払いだ。映画マニアである村長のお眼鏡にもかなわないだろう。


 ぐるりと一通り回りを見ると、帰ることにした。


 斜面を下っていく。行きとは違い、不気味さはなく、あくびをするくらいには余裕があった。冒険の目的である、旧神社を拝むことができたからだろう。


 そこで後方から足音――のようなものが聞こえた。


 胸はギュッと掴まれたように苦しくなった。


 誰かいたのか?


 振り返ってみたが、誰もいない。ほっとした。風のイタズラだろう。大丈夫さ、大丈夫。

 中田は落ち着くように努めたが、足早になっていた。

 そうだ、風のイタズラだ。もしくは神隠しを考えていたため、やはり心は神経質になり、なんでもないような音が足音に聞えてしまったのだ。


 なにも起こらないさ、なにも――

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