第37話 村へ
一月十八日、休日。
中田は落神村に向かっていた。沢村にお願いし、実家にお世話になることになった。クソ田舎で安らいでこいと、沢村は言った。中田としては、神隠しの伝承も気になるし、静かなところで過ごし自分を見つめようと思った。今は漠然と、お笑いに携わりたいと思っているが、より明確にこれからを考えなくてはならない。良いアイデアも浮かんでくるかもしれない。
神隠しという題材は、霧島の動画でも生かせるだろう。出戻りにより、迷惑をかけてしまうこともあるかもしれないため、せめて手土産くらいはあった方がいいだろう。
落神村へは電車まで近づき、あとはバスで向かう。バス停は村の前にはあるのだが、一時間はかかるらしい。景色を楽しむといっても、緑の木々くらいなものだった。趣はあるし眺めていて気持ちも良いのだが、いかんせん飽きる。一時間は厳しい。
中田はバスの中で、霧島の動画を見ることにした。スマホを横に向け画面を大きくする。内容は、おすすめのミステリー小説を紹介するといったものだった。
雑誌と被っとるやないかい!
中田は心の中でツッコミ、笑った。
動画を視聴し、考え事をしていると、目的地に到着していた。バスを降りると、六十代後半くらいの男性が立っていた。乗客だろうかと思ったが、こちらをにこにこと見ていた。
「中田悟さんですね」
「ええ、そうです。もしかして沢村さんのお父さんですか?」
「そうですよ」
「ああ、これはどうも。よろしくお願いします村長さん」
中田は頭を下げた。沢村の父、沢村吾郎は村長だった。
「ようこそおいでくださいました」
「お世話になります、突然申し訳ありません」
「いやいや、客人なんてなかなか来ませんからね、賑やかになっていいですよ。ではどうぞ」
村長は木々のあいだにある道へ向かった。落神村はまるで隠れるように山の中にある。外から見ようと思っても、緑に阻まれてしまう。
山道を進んで行くと、村が見えてきた。落窪んだ場所にあり、一望することができた。
なにもない。
背の高い建物も無ければ、街で見かけるコンビニやファミリーレストランなどもありはしない。店はあるのだろうが、地味で目立たず民家と同化していた。
しかし嫌いではない。空気も澄んでおり、雑音もなくゆったりとできそうだった。ただ落神村という名前、神隠しの伝承が伝わるという要素も合わさり、どうしてもとある小説を連想してしまった。
「金田一が来そうやなあ」
と中田は無意識に呟いていた。聞こえてしまったらしく、村長はこちらを向いた。
「でしょ、金田一耕介が来てもおかしくない」
皮肉かと思ったが、村長の表情を見ていると破顔していた。気にしてはいないようだ。
村長は、村へ続く石の階段を下りながら言った。
「金田一シリーズ、お好きなんですか?」
「ええ、好きですね。全シリーズを読んだわけやないんですけど」
「わしはね、小説は呼んだことないんですけど、映画は見たことがある。ありゃあ面白いですわ」
「確かによくできていますよね」
「この村はね、ロケ地の候補の一つだったみたいですよ」
「へえ、どのシリーズのですか?」
「本陣殺人事件だったかな? んや……ちょっと忘れてしまいましたな」
中田は村長につれられ、村長宅に向かっていた。その道すがら、金田一シリーズから映画の話になった。村長は映画マニアらしく、好きな映画を語ってくれた。昔のフィルムもさることながら、最新の映画も目を通しているようだった。近くに映画館がないのが難点だと言っていた。なので今の目標は、大きなモニターを購入し映画欲を満たすことらしい。
村長宅は、村の端っこにあった。入口から見て真反対である。家を塞ぐように小川が流れ、簡易な橋がかかっていた。二棟向かい合うように家が並んでおり、一つはかつて民宿を開いていたときに使用していたものらしい。中田は民宿だった家へ招かれた。
二階へ上がり、部屋へ通された。十畳くらいの大きさで、真ん中には分かつように襖があった。襖は開いているため、広く感じた。
ごゆっくりと村長は言い、部屋から出ていった。お言葉に甘えさせてもらうことにした。畳の上にごろりと寝転び、吐息をついた。落神村にやって来るのに疲れてしまった。長い時間座っていたので、お尻が痛かった。
目を瞑ると、静けさの音を感じた。都会ではありえないことだ。体力ゲージが、徐々に回復していくのを感じた。田舎に移住したがるものがいるが、今やっと気持ちが理解できた。
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