第13話 不遜

 夕食を食べ終え、洗い物を手伝おうかと言ったのだが、香織と亜美に断られてしまった。お風呂に入らせて貰うことになり、瑛華を誘ったのだが、冷たい目で見られてしまった。冗談が半分、本気も半分だった。


 部屋に戻ると、瑛華とまたコラムの書き出しについて話した。瑛華はおれの隣にやってきて、真剣な表情を浮かべながらノートを見つめていた。そんな真剣な瑛華が愛おしくなり、おれは顔を近づけた。おれの接近に気づくと、手を突き出し制されてしまった。また先刻の冷たい視線だった。おれは諦めることにした。


「でもやっぱり、神隠しの伝承があるなんて怖いよね……」

「そうだなあ。村で生まれ育ったんなら、それが普通なんだろうけど。沢村さん、神隠しのことなんて今まで一言も言わなかったもんな」

「もしかしたら……」

 瑛華は呟き、神妙な顔を浮かべた。

「おい、なんだよ。その思わせぶりな態度」

 おれは不安を紛らわすため笑みを作った。


瑛華はノートに書いてある三つの禁止事項に指を置くと、

「禁止事項の中で、神隠しが起こっても慌てないってあるよね。村の外にもらすのも禁止って」

「確かにそうだな」

「その禁止事項を、子供の頃から教えてもらうでしょ? 期間中じゃなくても、やっぱり外で話すのは躊躇われたんじゃない」

「なるほどな……下手に教えれば、祟られてもおかしくないかも」

「村長さん、あんまり帰って来ないって言ってたでしょ。一度村の外に出ると、改めて神隠しについて考えさせられる。その奇妙さ不思議さのせいで、帰って来るのが怖くなるんじゃない……?」

「そういうことも考えられるか……」


 幼少の頃から慣れたものから離れると、戻ってくるのは難しいのかもしれない。そういえば沢村に、神隠しを信じているかと訊いたら、とても悩んでいた。故郷に帰るのが怖いか……。


「私、なんだか嫌な予感がするんだ――」


 瑛華は寒そうに、二の腕を摩った。おれも背筋が寒くなるのを感じた。

 それからしばらくして、布団を引き、コンタクトを外すと横になった。疲労しているため、眠気がすぐに襲ってきた。瑛華も電気を消すと、隣の寝床についた。


 ふと目が冷めた。


 視界は暗い。


 豆電球の明かりで、なんとか天井の木目を確認することができた。


 隣では瑛華が寝息を立てていた。暗いため、確認できなかった。


 何時間くらい眠ったのだろうか。体感では、二時間ほどだ。目を細め、時計を見る。視力の低さと暗さも相まって見え辛い。針はどうやら零時をさしていた。


 用を足そうと思い、布団を出た。階段を下りると、部屋の戸から明かりがもれていることに気づいた。慎太郎か亜美が起きているのだろうかと考えていると、村長が村のものと二号棟で飲むと言っていたことを思い出した。声はもれていないため、抑えてくれているのだろう。


 用を足し、階段を上がろうとしたが、部屋の中が気になった。気づかれ声をかけられても面倒のため、静かに近づいた。片目を瞑り、隙間を覗いてみた。

 五人集まり、酒を飲んでいいる。ただの飲み会かと思ったが、顔つきが異常だった。眉間に皺を寄せ、物々しかった。視力は悪いが、見間違いなどではなかった。陽気で丁寧だった村長まで、先ほどまでとは様子が違った。切羽詰まったものを感じた。


 ひそひそと話しているため、内容はわからない。

 ただ楽しい話ではないことはわかる。酒にもあまり手をつけていなかった。酒が目的ではない。


 すると一人の村人の視線が、ゆっくりと天井に向かった。この上は、おれたちの部屋がある。



 偶然かもしれない。すぐに視線を戻したため気にする必要はないのだが、ぞくりとした。


 今、部屋では瑛華一人だ。

 おれは急いで部屋に戻った。心臓は早鐘を打っていた。階段を上り、戸を開けて暗い部屋の中に入った。瑛華の隣で膝をつくと、頬にかかっている髪の毛をそっとどけ、確認した。口を少し開け、規則性のある吐息を立て、ちゃんと眠っている。


 ほっとため息をついた。


 次第に、冷静になってきた。


 あの飲み会だって、恐がる必要などないのだ。たまたま難しい話をしているところを、運悪く覗いてしまっただけだ。

 頬を二、三度撫でると、んん……と瑛華は声をもらした。起こしてしまっては可哀想なので、手を引っ込めた。布団に入り、目を瞑った。


 田舎ゆえ、夜はとても静かだ。おれたちの吐息しか聞こえない。一階でやっている飲み会の音も伝わってこない。

 隙間から覗き見た光景が、目蓋の裏に映った。もしかしたら、村長たちは神隠しについて話していたのかもしれないな。客人も来たため、杞憂しているのだ。


 落神村か……なにも起こらなければ良いが……。


 静寂の時。眠るため頭の中を空っぽにしようと思った。

 おれは目を開けると、がばりと慌てて上半身を起こした。


 当然のことを、忘れていた。取材に来たため、なんとなく部外者のように考えていたが、おれや瑛華だって例外ではない。神隠しの対象だ。村に立ち入った段階で、神の視界に入っている。


 ごくりと唾を飲み、瑛華を見た。


 いや、何も起こるはずはないさ――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る