第12話 家族団らん

 二号棟へ戻り、部屋へ入ると、座椅子へ座り込んだ。

 長い時間をかけ村までやってきて、ノンストップで動き回ったため、疲労が溜まっていた。体は重く、ふくらはぎが張っている感覚がある。瑛華も足を摩っていた。


「揉んでやろうか」

「いいよ、別に」

 何だか乗りが悪い。いつもなら足を差し出してくるのに。

「ももちゃん、あの巫女さんに気に入られたね」

「え、そうか?」

「うん、少なくとも悪い印象は持たれていないと思うよ。そんな髪色だけど」

「赤髪を馬鹿にするな! でも気に入ってくれたのなら、嬉しいな」

「ももちゃんはモテるね」


 瑛華の口角は上がっていたのだが、声にはトゲがあった。嫉妬か? 相手はおばあちゃんだぞ?

 お茶を用意してあると言っていたが、二リットルのほ〜い粗茶のペットボトルがあった。おれは二つの紙コップに注ぎ、一つは瑛華に渡し飲んだ。


 ゆっくり休んでいるわけにもいかず、コラムの作成に取り掛かった。大学ノートとペンを取り出し、情報を書き出した。三つの禁止事項と、神社で聞いた話も面白いので載せよう。

 どんな書き出しにしようかと瑛華と考えていると、戸の向こう側から声をかけられた。返事すると、戸を開け結愛が入ってきた。


「夕食ができましたよ。向かいの家へいらしてください」

「ありがとう」


 二号棟を出て、一号棟へ向かった。

 一号棟の玄関には、何足かの靴が並び、観葉植物が歓迎してくれた。家族写真も飾られており、仲睦まじい一家だともわかった。三男夫婦の結婚式に撮ったものや、長男夫婦と思われる写真、高校の制服を着た結愛が写った写真もあった。最近撮ったのか、見た目に変わりはない。誰も子供時代の写真はなかった。結愛の小さな頃を撮ったものなら、あってもおかしくないのにと思った。


 リビングに入ると、皆いた。村長も、三男夫婦も、初見である長男夫婦も座っていた。畳の上に座布団が置かれており、そこに座るよう勧められた。机を取り囲み、まるで家族になったかのようだ。思えばこうして食卓を囲むのは久しぶりだった。


 机の上には大量の唐揚げが置かれていた。


「美味しそうですね!」

 おれが言うと、三男の慎太郎の妻である亜美は、

「遠慮なさらずに」

 と静かな声で言った。三十代後半と思われる長男の妻もにこやかに、

「そう、遠慮しないで!」

 と言った。

「そういえば、まだ長男夫婦とは会ったことがありませんでしたね」

 村長は隣にいる三十代後半の男性を指さし、

「長男の拓海(たくみ)です」

「どうも」

 拓海は気さくに手を挙げた。白髪混じりの髪は短く、色黒だった。

「そして拓海の隣にいるのが、香織(かおり)さん」

「よろしくねー」


 香織も気さくな様子で言った。髪の色も明るく、元気がある様子だった。長男夫婦は明るく元気があり、三男夫婦は静かな印象を受けた。結愛が明るい性格なのも、両親から引き継いだのだろう。

 おれと瑛華も挨拶すると、お米をよそってもらい食事が始まった。唐揚げは少し冷めていたが、味がしっかりと染み、肉汁も溢れた。そこに米を口に運んでやると、美味さ倍増なのだ。美味そうに食べるおれに、香織と結愛は親子で笑っていた。


「雑誌のコラムって、ミスターXのなんだろ?」

 と拓海はビールをグラスに注ぎながら言った。答えようとしていると、村長が慌てた様子で口を挟んだ。

「そうだビールだ! お二人酒はよろしかったですか?」

「いえ、けっこうです。私たちお酒飲めませんから。ね、ももちゃん」

「ええ、お気づかいなく」

「それなら良かったです」

 村長は安心して言った。


 おれは拓海の方を向くと、

「そう、ミスターXです。ご存知なんですか」

「大好きなんだ! 最高の雑誌だよ!」

 拓海は体を捻り背後にあるなにかを掴むと、ミスターXを顔の横に出した。

「コラム、楽しみにしてるから」

 お世辞ではなく本当に期待していた。自分が住む村を取り上げられるため、余計に楽しみで待ち遠しいのだろう。嬉しい反面、プレッシャーだった……。


「こうして綺麗な女優さんも見られたわけだし、ありがたい限りよねー」

 と香織は言った。結愛もうんうんと頷いている。香織は結愛を見て、ねーと声に出し同調した。拓海も頷いており、それは腹が立ったらしく睨んでいた。瑛華は手を振り、謙遜の言葉を述べた。


 三男夫婦は、二人で話しクスクスと笑っていた。静かな二人だからこそ合うものがあるのだろう。どこの家庭も幸せで羨ましい限りだ。


「村長と拓海さんは、畳や襖を作ってらっしゃるんですよね」

「ええ、そうですよ」

 村長は言うと、ビールを飲んだ。

「昔からですか」

「昔から。うちは代々そうですね。既に知っているかもしれませんが、襖の横幅が大きいことにお気づきですか」

「そういえば、確かに大きかったです」

「通常、襖というのは横幅九十センチなんですよ。けれど、うちのは百センチもあるんですよ」

「どうりで。高さは一緒ですか?」

「高さは通常の襖と同じです、百八五センチ。この村の家は、ほとんどがうちと同じ仕様なんですよ。作ってるのはうちだから。畳もね、ちと違うんですよ」

「ほう、というと」


 相槌を打つと、村長は気が乗ったようで前のめりになった。仕事の話ができるのが楽しいのだ。仕事に誇りを持ってるからこそだ。その気持ちはわかる。


「畳は地域によって大きさが違うんですよ。関東や東北などは、百七十六センチ×八十八センチなんですね。関西や中国地方、九州地方では、百九十一センチ×九十五センチ。うちではこの関西間を採用しています」

「じゃあ他の家も」

「そう、その関西間。でかいやつです」


 村長は気分が高揚し、一気にビールを飲み込み、ぷはぁと息を吐いた。


 グラスに入っているビールがなくなり、拓海が注ごうとすると、村長はグラスを持っていき、

「あっ、ありがとうございます」

 と言った。敬語を使ったことに気づき、頬を染めた。アルコールの影響ではけっしてなかった。知らぬうちに言葉の選択を間違えることは確かにあるが、村長は天然なのかもしれない。


「そういえば、結愛の部屋の襖も変えなければな」

 と拓海は結愛を見ながら言った。

「そうだね、穴空いちゃってるし」

「明日にでも取り掛かるか……」

 拓海は少し顔を上げ、明日の予定を頭の中で考えていた。他の家庭なら、そうすぐに変えようという発想にはならない。襖職人の家だからこそだ。


 村長はちびりとビールを舐めると、

「圭太のやつは東京で頑張ってますか」

「それはもちろん。やり手のディレクターですよ」

「それならいいんですけど……あの馬鹿、まったく帰って来ませんから。でも元気なら良かった」


 村長の気持ちもわかるのだが、交通が不便のためそう易々と帰郷できないのだろう。

 おれは、あっと間抜けな声を上げた。今まですっかり失念していたが、村長は幼少の頃、神隠しにあったのだ。その話を聞かなければ。

 尋ねてみると、村長はそうだと言った。


「でも神隠しと言えるのかな、あれは? わしが消えて、だいぶ騒ぎにはなったみたいだけども……」

「いったいなにがあったんです」

 と瑛華が言った。彼女も興味深々だった。家族のものは既に知っているため、神隠しよりも唐揚げに夢中になっていた。

「結論から言えば、鷲に連れ去られたんです。まだ一歳にも満たない時分に。部屋で一人寝かしつけられ、窓が開いており、そこから侵入した。わしは鷲に攫われたんですよ」


 村長は自分のジョークにゲラゲラと笑った。この話をしたとき、必ずこのオヤジギャグを入れているのだろう。家族のものは知っているため、唐揚げに夢中だったのだ。


 おれは愛想笑いを浮かべると、

「それでどうなったんです?」

「いないことに母が気づき、大騒ぎになりました。忽然と消えたのだから、神隠しだと騒ぎになった。村人総出で探したが、見つからない。痕跡すらなかった。経路は空だから当然だね。でも数時間して、山の中で泣いているところを発見されました。服に爪の跡があり、鷲に連れ去らわれたと発覚した。痣ができていたから、たぶん鷲に落とされてしまったんだろうね。あまり高く飛んでおらず、落ちた先に落ち葉のクッションがあったから大事には至らなかった。これが真相です」

「鷲がですか、凄い話ですね」

「本当にそう思う。赤ん坊なら持ち去ってしまえるんだから、びっくりだよ。だからまあ、神隠しって言えるかわからないんだよねぇ」


 ふと、面白いことに気がついた。神隠しではないと、完全に否定することはできないかもしれない。


「村長、けれど神隠しって、天狗隠しとも言われますよね?」

「え? ああ、確かに……」

 話を聞いていなかったものも、顔を上げこちらを見た。その目には興味の色があった。

「天狗に攫われてしまうわけですよね。天狗の姿はどんなのかわかりませんけど、その爪痕はもしかしたらね……」


 村長は腕を組み、唸り声を上げた。瑛華はおおーと口を開け感心している。皆、それぞれの反応を見せ、おれの考えになるほどと思っていた。


「さすが探偵芸人、鋭い視点だね」

 と拓海はにこにこして言った。

「ありがとうございます」

「コラムもますます期待して待っておくよ!」


 ――言わなければ良かった……。

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