第31話 ネタ
夜になり、おれの出番がきた。
ホールがあり、そこに五十人ばかり集まっている。子どもと老人が大半であった。やり辛さでは子供と老人は横並びのツートップだった。
おれは廊下に出て、登場の時を待っていた。廊下には大型モニターが置かれており、目の前に立ちご一緒させてもらっていた。モニターのアームは着脱可能らしく、本体の裏に繋がっていたが、若干ネジが緩くなっている。
その隣にはマネキンがあった。今回のおれの相棒だ。マネキンは村の所有物である。服を着せ村の祭りで入口に置くみたいだが、不気味ではないか? 落神村という名前も合わさり怖い。祭りなのに人が寄り付かないだろう。相棒もそんな使用のされ方を望んでいないはずだ。
マネキン用の服も何着かあり、シャツとデニムのパンツを選んだ。寄付されたものらしく、色褪せ生地も傷んでいた。
村長が扉から出てくると、出番を告げた。わかりましたとおれは言った。
緊張しているわけではないが、リラックスしているわけでもなかった。服の着心地が悪いときと似ていた。マネキンを抱え、観客の前へ向かった。まばらな拍手が起こる。あれは軽く頭を下げた。
マネキンと並び立ち、時事的なことなどを話していく、というネタだ。政治のことを揶揄すると、お年寄りからくすりと笑いが起こった。
――与党も駄目、野党なんてもっと駄目。誰か骨のある人が出て来ないかなぁ。
するとマネキンがなにか言ったらしく、耳を近づけ、ふんふんと相槌を打ち聞いていく。
――ふんふんなになに、俺にやらしたら日本は確実に良くなるだって?
おれは顔を離し、怪訝な目をマネキンに向ける。
――お前自分が何者か知ってるか? ただのマネキンだぞ?
くすくすと笑いが起こった。
――直立不動しかできないじゃねえか。
おれはマネキンのポーズを作った。
――立ってるだけじゃ政治はできないって。え、なになに、ポーズを作るのは得意だから、政府よりも、政治をやってますポーズを作れるって? 上手いこと言ったのか上手くないのかわかんねえな! わかったわかった、やってみなって。
ごほんと咳払いし、声を作ると、
――内閣総理大臣くん。
動かないマネキン。動かないマネキン。マネキンと観客を交互に見るおれ。それでも動かないマネ――
――やっぱできねえじゃねえか! そら無理だって!
笑いが起こった。観客は白い歯をこぼし、おれはほっとした。それでもマネキンは動かない。
そのあとも世の中のことを冗談混じりに話し、マネキンも絡ませていく。
最後は、芸人として有名になり、女の子にもモテたいという話をした。絶対に夢を叶えて見せる! と宣言すると、マネキンは後ろへズコーっと転けた。マネキンの足に、観客には気づかれ辛い細い糸を巻き、おれの足にも巻いておき引っ張ると転けるという仕掛けだ。
――なにを転けてんだァ!
声高らかに叫び、ネタは終了した。頭を下げ、はけていく。
大爆笑はなかった。いつもの如くそこそこのウケだった。おれはどんな場面だろうと、そこそこのウケから脱却できないでいた。すべらないだけマシではあると、いつも自分に言い聞かしている。
一人コントをして、つくづく思う。おれは漫才が好きなんだなと。マネキンを隣に立たせているのも、その名残なのだ。子供の頃テレビや劇場で見た漫才師に憧れを抱いていた。
もうこの先、大好きな漫才をすることはないだろう。一人で頑張っていくと決めたのだから。
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