第22話 神隠しの逸話

 おれたちは佐田宅へと向かった。


 チャイムを押すと、佐田が出てきた。髪の毛はボサボサで、首元がたるんでいる服を着ていた。今日は同化する茶色ではなく黄色だった。


「なんです」

 と佐田は低い声で言った。自己紹介し事情を説明すると、目を輝かせた。神隠しに詳しいということは、興味があるということ。難なく話を聞けそうだった。

「へえ、神隠しの調査を」

「なのでお話を聞かせてもらえませんか」

「いいよ、入りなよ」

 佐田は大きく手招いた。

「ありがとうございます」

「ああ、そうだ」

 佐田は背中を向けたがくるりとこちらを向き、

「自己紹介がまだだったね、俺の名前は佐田剛(つよし)。よろしく」

 おれと瑛華も自己紹介した。佐田はにこにことしながら聞いてくれた。鳥の巣のような頭をし低い声も相まって無愛想な人物かと思ったが、気さくで良かった。


 玄関に入ると、古い家のにおいがした。好きではないが嫌いでもなかった。実家を思い出す。

 リビングには、昭和のホームドラマで出てきそうな丸い机があった。机の上にみかんまである。焦げ茶色の木目の壁であるからか、部屋は薄暗く感じた。

 勧められ、丸い机の傍に座った。立っていると見えなかったが、机の下にはミスターXが置かれていた。手に取ってみると、最新号であった。佐田もミスターXの読者らしい。拓海と話が合いそうだ。


 佐田も座ると言った。


「ご存知ですか、ミスターX」

「ええ、まあ」

 コラムのことを言えば過度な期待を持たれそうだったので伏せておいた。瑛華が言いかけたので、急いで手を挙げ制した。キラキラと輝く目で見られたらどうするのだ。佐田は一連の動作に首を傾げていた。

「まさか神隠しが起こるなんてなぁ」

 と佐田は言った。

「君たちは目撃したんだろ。消えたその瞬間を」

「そうですね」

「しかも部屋の中……。神隠しというのは、山の中などであうとされてるんだ。日本は、災害がとても多い。それは昔から例外ではない。だからこそ自然には神が宿ると考えられているんだ」

「部屋で消えたから、おかしいと?」

「いや、まあおかしいというわけではないけど……、あんまり聞く事例じゃない」

「沢村家は山の近くにありますよ」

 と瑛華は思い出したように言った。佐田はぽんと手を叩いた。

「なるほどね」


 おれは納得できなかった。近いだけで山の中ではない。

 いや、あるいは、と思った。沢村家は山を切り開き建っている。山の中という解釈は間違いではない。この村だって、思えば山を切り開きできているのだ……。


「山の中には、天狗や鬼が住んでると言われてる。だから天狗や鬼の仕業っていう説もある。神隠しにあうのも、神の怒りに触れたからとか気に入られたとか、色々理由が考えられているんだ」

「神隠しの伝承は他の地域でもあるんですか」

 とおれは尋ねた。

「ある。東京に住んでるのなら知ってるかもしれないけど、千葉県に八幡の藪知らずっていう名前の森がある。森の中は禁足地で、昔から足を踏み入れてはならない場所だった。足を踏み入れたら、二度と出てれないと言われてる。迷うような大きさじゃないのに」

「へえ、知らなかったな……、なんで踏み入れてはいけないんですか?」

「理由はわからない。昔から言い伝えられてきたらしい。神様がいるからな? こういった禁足地は、今は少なくなってきたけどまだまだ日本にはあるんだよ」


 落神村も神様がいるとされている。禁足地はないが、忘れ去られただけでどこかの空間はそうなのかもしれない。佐田に尋ねてみたが、知らないと言った。


「禁足地があるのなら、さすがに伝わってると思うな。三つの禁止事項だって残ってるんだから」

「それもそうか……」

「この禁止事項、おかしいと思うだろ? 生まれたことも残り続けていることも。現在ではネットもあって、繋がろうと思えば世界中の人とも繋がれる。でも昔は狭い狭いコミュニティーの中で生きてきた。ゆえに発生するんだ。この村ではなかったけど、夜這いなんかも風習だね」

「それはわかります。わかりますけど、神隠しは信じられません……」

 おれは佐田の顔色を窺いながら言った。怒り出してしまわないか心配だった。無用だった。佐田はふむふむと頷いていた。


「気持ちはわかるよ。大昔は神隠しだと恐れられていることも、現代だと普通に事件だし。失踪や誘拐、拉致。それらに該当すると思う。でも年間の行方不明者数って知ってる?」

「八万人でしたっけ」

「そう。中には人智を超えたこともあるとは思はない?」

「奇妙な事件はありますが……」

「幾つか不可思議な事件を紹介するよ」


 佐田はそう前置きし、話し出した。


 一九八九年、徳島県。四歳の男の子、Sくんが忽然と姿を消した。

 朝、父親はTくんを含めた三人の子供と従兄弟の子供を連れて散歩していた。散歩から帰ってきたが、Sくんは玄関に入ろうとせず、先に抱いていた子供を家の中に入れ、戻ってきた。その間、四十秒。Sくんの姿はなかった。すぐに手分けして周辺を探した。田舎であるため民家も少ない。目を離したのは四十秒間であるし、子供の足では距離も限られる。けれども見つからなかった。警察に通報し、警察犬も導入し山狩りも行われたが 発見には至らなかった。


 一九九八年、群馬県。四十八歳の主婦の消息がわからなくなった。

 Nさんは、夫、娘、孫、義母、叔父、叔母と神社へ向かった。雨が降っており、参拝へ行く夫と叔父以外は駐車場の車の中で待機することになった。しばらくして、せっかくだから賽銭をあげてくると言い、Nさんは車から出た。Nさんはピンクのシャツを着て黒のスカートをはき、赤い傘をさしていた。参道を登っていく姿を、家族のものは車の中で見ていた。Nさんが境内とは別の場所で立っている姿を娘は確認したが、それが最後の目撃となった。中々戻ってこないNさんを心配し、周囲を探したが見つからず、警察へ通報した。沢山の参拝者はいたが不審な人物の目撃証言もなく、神社は崖などの危険な場所もなかった。事故ではない。必死の捜査も虚しく、発見はできなかった。


 佐田はその他にも幾つかの失踪事件を教えてくれた。それら全てが今現在も未解決だった。瑛華は寒くなった二の腕をさかんに摩っていた。


「な、不可思議だろ?」

「ええ、確かに……。でもよく佐田さんは覚えてますね、暗記してるんですか」

「こういった未解決な事件って、興味が引かれるだろ?」


 その通りなのだが、暗記までしているとなる良い趣味とは言えなかった。

 ただおかげでわかったことがあった。どの事件にも当てはまることなのだが、わずかなあいだだろうが目を離した隙に消えている。目撃者はいない。結愛の場合は、おれや瑛華がこの目でしっかりと見ているのだ。どの失踪事件にもない事例だ。


 佐田に言うと、嬉しそうに頷いた。

「その通りですねー、聞いたことがありません。貴重ですよ」

 相応しくない発言だと思い、はっとして口に手をやった。

「もし神隠しだとすれば、どうしても結愛ちゃんが選ばれたんだと思います?」

「そうだなあ、神の怒りに触れるようなことをするとは思えないし……、気に入られたのかも」


 気に入ったからといって攫ったら人間世界では犯罪である。

 けれど気に入られたという理由は、間違いではないのかもしれない。村で結愛のことを尋ね、悪い噂や揉め事もなかった。犯人に目をつけられ、攫われた。


 他に動機があるとすれば、なんだろう? 結愛にではなく、沢村家の誰かに怨みがあり、まるで嫌がらせのように攫った。もしくは、怨みなどはなく単純に思いついたトリックを使用したかった。


 他にも考えが浮かんだが、無意味だと気づいたのは、四つ目の理由が出てからだった。

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