第16話 聞き込み

「ではまず、結愛ちゃんを最後に見たのは誰ですか」

「たぶん、私だと思う」

 と香織は言った。

「何時頃、勉強のために結愛ちゃんは部屋に戻りました?」

「七時とか、それくらいだと思う」

「それから部屋から出てませんか?」

「うん、出てないと思う」


 おれと瑛華が起きたのは、七時三十分くらいだ。やけにぐっすり眠ってしまったと自分でも覚えている。すでに結愛は起き、勉強に励んでいたのだ。

 だが七時以後、おれたちが結愛が消えるのを見るまで、誰も姿を確認していない。邪推をするのなら、七時に見たという香織の証言も嘘かもしれないのだ。姿を見たのも、香織一人である。


「じゃあ次は、皆さんの先ほどまでの行動を教えてもらえますか?」

「え、俺たちのを?」

「念の為です、すいません」

「わかった……」


 和恵は村のものに伝えに向かうと言った。部屋を出て行く間際、呼びに来られるまでなにをしていたのか尋ねた。息子と神社にずっといたと答えると、部屋を出て行った。

 話を聞く前に座ることにした。先ほどまで家族で朝食を取っていたというのに、今は暗い顔をしてテーブルを囲んでいた。


 おれは村長に顔を向けると、

「縁側でパソコンを触っていましたけど、なにをしていたんですか」

「仕事をしていたんですよ。事務員さんはいないから、そういった仕事もしなくちゃいけない」

「いつから始めました?」

「朝食を終え、少ししてからですよ。縁側を選んだのは、少し風に当たりたかったからです」

 仕事に集中し頭を動かしていると、風に当たりたくなる気持ちはわかる。結愛の消失を目撃したのも、そういった理由からだった。


「縁側でいて、誰か見ませんできしたか?」

「いえ、誰も。家の周辺に人はいなかったと思います。この家は他の民家から離れていますし、周辺を通る人は少ないですよ」

「歩いている人がいると、目立つわけですね」

「そうです」


 犯人からすれば目撃者が少ないという利点はあるが、家のものに見られると致命的だ。結愛は部屋の中にいたため、攫うのなら近づかなければならない。家のものに目撃されるリスクが高まる。


「拓海さんはどこにいましたか」

「俺はリビングにいて、テレビを見ていたよ。縁側に出ていた親父の背中は、俺からも見えていた」

「拓海は、リビングにいたよ」

 と村長は付け加えた。

「おれが慌ててこの家に入ってきたときも、テレビを見ていましたか? トイレなどで立ち歩いたとか」

「隣のキッチンに飲み物を取りに行ったけど、そんなのすぐだよ」

「そうですか。……香織さんはどうです、洗濯カゴを持っていましたけど」

 香織は頷くと言った。

「二階に干していた洗濯物のカゴに入れ、下へ持って行こうとしていたの」

「なにか結愛さんの部屋から物音は聞こえませんでしたか?」

「ううん、なにも聞こえなかった……」

「声も?」

「そう」


 香織はおれの目を見てまた頷いた。


腕を組み考えていると、

「なに、もしかして誰かいたの……」

「いえ、それはわかりませんけど、可能性はあります。部屋に侵入していたかもしれません」

「うそ……」

 香織は顔を引きつらせ、身をぶるりと震わせた。

「まあ人はいなくとも、神様はいたのかもしれないけどね」

 慎太郎は皮肉のように言った。どうやらおれに向けられたものらしい。


「慎太郎さんはどうしていましたか」

「俺はキッチンで洗い物をしていた。朝食の食器だね。ドタドタと騒がしくなって、父たちと一緒に二階へ向かった」

「お兄さんはキッチンへ?」

「うん、来たね。お茶を取りに来た。頑張ってるなってちょっと笑って、すぐにリビングに戻った」


 おれは、結愛の部屋に入ってきた慎太郎を思い出した。裾を捲り、確かに両手は濡れていた。拭く間もなく慌てて向かったのだろう。


 そしてあの場にいなかったのは、亜美だけだ。


 亜美の方に視線を向けると、怯えたように顔を逸らした。おれを恐れているのか、やましいことがあるのか、それともやはり神に畏怖しているのか。


「亜美さんはおられませんでしたけど、どこにいたんです」

 おれは出来るだけ柔らかく聞こえるよう言った。亜美は緊張してるのか、喉を整えるように空咳を何度かした。

「私は、向かいの家にいました」

「なにをしていたんですか」

「体調が悪くてですね、少し横になっていました」

「寝室は確か一階ですよね。おれが叫んでいた声は聞こました?」

「神隠しだー! っていう声は聞こえました。でも誰の声かもわからなかったし、気のせいかと思ったんです。誰かが大きな声を出していたとしても、神隠しは聞き間違いだろうって……。すぐに二階からドタドタと下りてくる音が聞こえてきて、ちょっとしたら香織さんが部屋に入ってきたんです。神隠しが起こったって……」

「それでこっち側の家へやってきた」

「そうです。初めは半信半疑でしたけど、香織さんの深刻そうな表情と、さっきの叫び声もありましたから、本当に起こったんだって……。それで家の中を探しましたけど、全然駄目でした」

 亜美は終始小さな声だったが、それほどまでに恐怖しているのだとわかった。


「そっちはなにをしていたんだ」

 と拓海は言った。

「おれは部屋でコラムを書いていました。瑛華もずっと部屋にいました」

「はい。私もももちゃんも一度も、外には出ませんでした」

「どのようにして、結愛が消えたところを見たんだ」

「私が部屋の空気を入れ替えようと言い、カーテンを開け窓を開けました。ももちゃんも風に当たりたいからと隣に立ちました。すると、向かい側の部屋が見えて、そこに結愛ちゃんがいて手を振ってくれたんです。手を振り返していると、一瞬にして消えたんです……」


 村長はあっと声を出した。


「そういえば手を振っていましたねぇ……あれがそうだったんだ……」

「親父も見てたのか」

 拓海は腕を組んだ。瑛華の方を見ると、

「そのときの結愛の様子はおかしくなかったのか?」

「特になにも感じませんでしたよ……。元気良く、手を振ってくれていましたから」


 瑛華の言う通り、結愛の様子に別段、不審な点はなかった。窓に立っているおれたちを見て、挨拶のために手を振った。部屋の真ん中に立っていたのも、他意はないと思われる。それともなにか理由があったのだろうか。おれは、結愛は神隠しにあうことを知っており、最後に姿を見てもらいたかったため、窓が開かれるまでじっと立っていたのではないかと考えた。すぐに筋の通らない妄想を振り払ったが、どのような感情でいたのだろうと思うと怖かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る