第15話 禁止のため
一号棟に戻ってくると、リビングにみな集まっていた。
誰かが呼んできたらしく、巫女である小笠原和恵もいた。拓海と慎太郎は走り回ったためか、汗をかいている。香織と亜美は、旦那にくっついていた。
拓海と慎太郎は表側を探したが、人の姿はなかった。痕跡すらも見つからなかった。その足で和恵を呼びに向かったらしい。香織と亜美は家の中を調べたが、駄目だった。
「そっちはどうだった?」
慎太郎に尋ねられ、村長はゆるりと首を左右に振った。慎太郎と亜美は悲痛そうに目を瞑り、香織は弱々しく肩を小さくした。
「慌てるな、落ち着こう、慌てちゃいけない……」
と拓海はかすれた声で言った。香織は青い顔をなんとか頷かせた。
そうか、神隠しが起こっても、慌ててはならぬと禁止事項にはあった。だから拓海は言ったのだ。ふざけるなと思った。慌てるに決まっている。人が一人消えたのだ。怒りが湧き、拳をきつく握った。
「警察だ。警察に連絡しましょう! この村に交番はないんですか?」
「いやぁ、それは……」
村長は難しい顔をして首を捻った。
「どうしてですか!」
「禁止事項だからですよ。それを犯すわけには……」
「しかし」
「いや、まずいですよ……」
村長は怯えた様子で言った。拓海も香織も、娘が消えたというのに異議を唱えず、顔を伏せていた。
おかしいじゃないか! 人が消え、しかも他人ではなく、家族が消えたというのに……。
それに、これは“誘拐”の可能性だってある。犯人がいて、神隠しに見せかけるようトリックを用い、結愛を拐ったかもしれないのだ。
食い下がろうと思った。おれが正しいはずだからだ。怒りを孕ませ、一歩踏み出した。すると裾を誰かに引っ張られた。瑛華だった。弱々しい目をすがるように向け、怯えていた。ここで争うことも、禁止事項を犯すことにも恐れがあるようだった。瑛華やおれにまで、被害が及ぶのではと考えているようだった。
おれは説得しようと口を開いたが、瑛華の目を見ていると閉じざる得なかった。ここは村長に従うしかない。歯をかみ締め、堪えた。
目を瞑り話を聞いていた和恵は、ゆっくりと目蓋を開けた。
「村長の言う通り、警察への通報はできないねぇ」
言わなくともわかりきっていたことを和恵は言った。
「神様は今も見ておられる、そんな怒りを買うことはできんよ」
「ですよね。でも結愛は……」
と拓海は言った。
「安心しなさい、神様は遊び相手が欲しいだけ。すぐに戻ってくるさ」
「それなら……」
拓海と香織も安堵した様子だった。保証などどこにもなく、神ならぬものの仕業だとも考えられるというのに。
村育ちだからこそ、盲目に信じ恐れる。例え家族に被害があろうとも納得してしまう。おれも落神村で育っていれば、疑問にも思わなかったのかもしれない。この村では、おれと瑛華が普通ではないのだ。
おれは横槍を入れるように言った。
「神隠しに見せかけた、人攫いかもしまれませんよ」
「そうか……それもないとも……」
拓海は顎に手を当て考えた。香織も表情を曇らせ、
「人攫い……」
と小さな声で言った。
「でもあんたの目の前で消えたんだろ?」
と和恵は言った。
「そうです。この目でしっかり見ました」
「なら部屋の中に他の人もいなかったんだろ? どうやって消えたっていうんだい? 一瞬だったらしいじゃないか」
「なにかトリックを用いたとは考えられませんか。確かに部屋には結愛ちゃん一人でしたが、裏を返せば近くで見ていたものがいないということです。向かい側の部屋にいたおれたちしか、見ていません」
「じゃあどうやって結愛を消したんだい?」
「それは……、まだわかりません」
「神隠しじゃないっていう証明にもならないわけだねぇ。やっぱり、ここは神様の掟に従おう。七日になり見つからなかったら、警察に連絡しようじゃないか」
村長を初めとした、沢村家の面々はこくこくと頷いた。この場に沢村さんもおれば、一緒に頷いていたのだろうか。
神隠しが起こったら解決してくれと、沢村さんは言っていた。ルールを守ってほしいとも言っていた。
ならば、選択肢は一つだ。おれが動くしかない。警察の代わりに捜査して、この神隠しの真相を解くしかない。探偵芸人と呼ばれるようになった意味もない。探偵芸人の意地を見せる。
「人による犯行という考えも、捨てきれませんよね」
「まあそうだね」
「なら、おれに捜査させてくれませんか」
「ももちゃん……」
瑛華は、ヒーローを見るかのように表情を輝かせた。探偵としての能力を、瑛華はいつも評価し凄いと言ってくれていた。ここでヒーローを見せなければ、彼女にも申し訳が立たない。
「捜査? なぜあんたが……」
和恵は疑問を口にし、村長が教えてくれた。事件を解決したことがあると聞くと、和恵は目を大きくした。
「東京で事件をね……ただの芸人じゃなかったのかい」
「どうです、捜査も駄目ですか?」
巫女は唸り声を上げ考えていた。沢村家の一人一人の顔を見ていくと、決断したようだった。
「わかった、いいよ。幾らでも捜査とやらをしておくれ」
「ありがとうございます」
「なにもしないよりは、皆も安心するだろうからねぇ。けれども、神様にちゃんと敬意を持つんだよ」
「わかっています」
「それと、スマートフォンは預からせてもらうからね」
「え、どうしてですか」
「警察に通報しないとは限らないだろ? 申し訳ないが、よそ者だしそうせざる得ないんだよぉ、悪いね。女優のお嬢さんもだよ」
納得はできないし、拒否してしまえばいいのだが、ことを荒立てたくもなかった。素直に差し出す瑛華を見て、おれも応じることにした。それにいざとなれば固定電話からかければいい。
「固定電話は使えるけど、家のものの目もあるだろうし、そこは信用しておくよ」
「おれたちも、ルールを破るつもりはありませんよ」
おれは心の中で舌を出しながら言った。
交番も隣の村にしかないらしく、隣といっても二キロほど離れているらしい。村からこっそり出て駆け込むこともできるだろうが、そう簡単に出してはくれなさそうだ。交番に向かったと知ると、是が非でも捕まえることだろう。
ただ、こうならば是が非でも自分の手で解決してやろうと、息巻いた。汚い打算ではあるが、これで解決してしまえば、今後の将来のためにもなるだろう。沢村との約束も守れ、探偵芸人としての地位も確立する。探偵芸人としてではなく、ただの探偵だけなら困るが――
必ず、おれの手で解決してみせよう。
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