第10話 村を巡る
さっそく案内してもらうことになり、外に出ることにした。廊下を歩いていると、二人の男女がいた。おそらく、三男夫婦だろう。
村長に紹介され、予想通り三男夫婦だった。おれと瑛華はお世話になりますと挨拶した。
夫の名前は、沢村慎太郎(しんたろう)、妻は沢村亜美(あみ)といった。二人とも三十代前半で、子供はいないらしい。慎太郎は線が細く、気弱そうに見えた。亜美も同様に大人しそうで、縁のない地味なメガネをつけていた。
「五日間、よろしくお願いします」
「ああ、よろしくね」
と慎太郎は言った。あまり歓迎していないのか、感情がこもっていなかった。妻の亜美も同様だった。
と思ったが、
「どう、なんにもないところでしょ」
と話をふられた。感情が伝わり辛いだけで、おれたちに悪感情はないみたいだ。
「いえ、凄く綺麗なところじゃないですか」
瑛華が答えた。おれも同意を示すため頷いた。
「そう、それならいいけど」
慎太郎の声色は少し明るくなった。亜美も微笑んでいる。
結愛は自慢するように、
「慎太郎さんはね、小学校の教師をしてるんですよー」
「へえ」
「ももちゃんも勉強を見てもらったら?」
「誰が小学生だ!」
すると皆が声を立て笑った。一つ笑いが起こり、芸人としての尊厳を守られた気になった。大半は瑛華のおかげではあるけれど、気分が良いので気にしないことにした。
三男夫婦とは別れ、外に出た。村長は普段生活している家へと向かった。おれは勝手に一号棟と名付けた。おれたちが寝泊まりさせてもらう民宿だった家は、二号棟だ。
「さあ、行きましょうか!」
と結愛は笑顔で言った。
砂利の上を歩き、木の板の橋を渡った。村で呼ばれているこの小川の名前を、結愛が教えてくれた。落神村から取り、落川(おがわ)というらしい。それならば教えてくれなくとも良かった……。
村を巡り、雑貨店の場所、郵便局、村長と長男――つまり結愛のお父さんがしている、畳や襖を作っている工場も教えてくれた。名前はサワムラ畳店。他にも家具なども作っていて、村にあるほとんどのものがサワムラ畳店によるものらしい。
他にもガラス屋や布団店、服屋なるものも見受けられたが、商売していけているのだろうか?
村の入口から見て、中央のエリアから左に向かった。細い道が多く、畑なども広がっている。立派な神社が鎮座していた。隣には幹がとても大きな木が生え、神社を覆い守るように葉が広がっていた。神様の名前を聞いたのだが、知らないという。若者ゆえ関心がないのか、名前などないのか。ほうきを持った宮司が出てきて、おれたちに気がつくと会釈した。名前の件はいずれ尋ねようと考えながら、こちらも会釈した。
結愛は歩き出した。おれは思い出したことがあり、後ろをついて行きながら、
「村の入口で、右手の山の中に神社があったのが見えたんだけど、あれはなんなの?」
「そんなのあった?」
瑛華は首を傾げた。
「うん、あった。木に隠れて見え辛かったけど」
「あれは旧神社なんですよー」
「旧? ふうん……」
旧校舎みたいに旧神社なんて聞いたことがなかった。
お次は右側のエリアに向かった。結愛は比較的大きな家を指さし、
「ここに住む佐田(さだ)さんはとても本が大好きな人でね、いっぱい持っていて、図書館みたいに貸し出してくれるんですよー。村に図書館なんてないから、ほんとありがたい限りです」
「優しいなぁ」
「村の外からたまに本を贈呈されるんですけどね、佐田さんが管理してるんですよ。それに神隠しについても詳しいから、またお話を窺ってみてはどうです?」
「そうさせてもらうよ」
おれは佐田宅を見ていると、目を大きくし驚いた。茶色い外壁に、頭と手と足が浮かんでいたからだ。胴体がなく、おれは声を上げかけた。上げなかったのは、茶色い服を着て壁と見事に同化しているからだと、すぐさま気づいたからだ。壁とまったく色合いが同じだ。心臓が止まるかと思った。佐田と思われる人物に、宮司と同様、会釈しておいた。
小さな公民館があり、中へ入った。フローリングの広い部屋に子供と親が集まり、ピクサー映画を見ていた。ゴールデンウィーク中、外に出ることができないため、こうして映画をかけているらしい。
モニターはとてもとても大きく、高画質だった。結愛に訊いてみると、七十五インチで4K画質らしい。七十五インチは相当でかい。おれの身長は百七十ほどだが、横幅はそれくらいあるかもしれない。モニターはコマがついた台の上に乗り、ワイヤレスのUSBのようなエクステンダーと言われるスティックを差し込み、WiFi回線で遠隔操作できる。通常、この大きさのモニターは展示展などで使われる。
どうやら村長は映画が好きらしく、高画質で大迫力を味わうため購入したらしい。最新型で、超がつくほど薄型でなんと三センチ。
おれも欲しい。おれも大迫力のゴッドファーザーやバック・トゥ・ザ・フューチャーを観たい。いずれは大きな家に住み、大きなモニターを置く。瑛華と二人で観るのもいいだろう。頑張らねば!
「でも、なんでここにつれて来たの?」
とおれは小さな声で言った。
「不躾なお願いかもしれませんけど、よろしければここでネタを見せてくれないかと思いまして……」
「えっ」
辛い。それはとても辛い。お世話になるのだから引き受けるべきなのだろうが、躊躇われた。それに子供からお年寄りにまで対象にしたネタを、おれは持っていない。
「ま、まあ機会があれば……」
おれは取り繕った笑みを見せ、誤魔化した。
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