第9話 沢村家
「神隠しのことをお書きになるんですよね」
前を歩いている吾郎は言った。
「はい、そうです。もちろん、冷やかすつもりなんてありまんから」
「ええ、わかってます、わかってます。おどろおどろしく書いて頂いても、けっこうなので」
吾郎は振り返り笑みを浮かべた。遠慮のある笑みではなかった。
緑のアーチを抜けると、眼下に落神村が広がっていた。眼下というのは、落窪んだ場所に村があり、向かうにはここから石階段を下らなければならないからだ。景色は圧巻だった。村全体は青々とした木々に取り囲まれ、神秘的で趣きも感じる。都会とは別種の美しさがある。
村から離れた右手側、山の中に神社があるのが見えた。木々の隙間からであるため、しっかりと確認はできていないが、間違いないはずだ。あの神社が、一年に一度降りてくるという神様のいる場所だろうか。
「綺麗……」
と瑛華は言った。
「コラムにこのことも書けるね、ももちゃん」
「そうだな」
褒められたのが嬉しかったらしく、結愛は元気良くとある家を指さした。
「奥に見えるのが、私たちの家なんです!」
この入口から、反対側にあった。一段上がったところに、二棟、建物が向かい合うようにして並んである。細長いため、二の形になっていた。村長の住まいだからか、集落から離れ独立している印象だ。裏手に山が広がっていて、近くに民家はない。城下町で言うところの城に当たる。
階段を降り、村を横切っていく。古い民家は多いが、時たま新築の家も見かける。ソーラーパネルもつき、現代風だ。やはり、村の中でも緑は多い。草木や花々が、居心地良さそうに揺れている。
東京から客が来ると知っているからか、すれ違う人たちはジロジロと興味深そうに見ていた。よそ者であるため覚悟はしていたのだが、けっして厳しい視線ではなかった。
沢村家の近くにやってきた。土の道が、家と区切るように横に伸びていた。その先は、小川だ。小川も横切るように伸び、木の板でできた簡易な橋がある。立て替えられたばかりなのか、汚れは目立たず綺麗だった。土の道、小川を越えると、沢村家の敷地である。砂利が広い範囲にびっしりとひかれ、少し歩くと家がある。田舎であるからか、村長宅であるからか、敷地も広い。おれが売れない芸人だからか、一般家庭出身だからか、凄く羨ましい。
土の道を横断し、木の橋を通る。よく周りを見てみると、簡易な橋はあと二つあった。おれたちが通っているのが真ん中の橋、敷地の右端、左端にそれぞれ一つずつかかっていた。
ひかれた砂利の上を歩いていると、小気味の良い音が鳴った。個人的には、踏ん張ろうとすれば小石たちが逃げ、足を取られる感じがして苦手だった。だが砂利をひこうと思えば、そこそこの出費がかかるという。やはり羨ましい。
二棟あるが、まず案内されるのは手前側にある家みたいだった。二つの長細い家は、玄関が向かい合うようにして並んでいた。
引き戸を開け中に入る。玄関にしては、がらんどうだった。置物の類いはなく、靴も二足だけしか置かれていない。他の靴は靴箱に入っているのかもしれない。
階段を上がり、廊下を少し歩き、引き戸を開け部屋の中に入った。八畳くらいの和室で、手前と奥側と区切るように襖があったが、開け放たれていた。気のせいだろうか? 通常の襖より大きく感じた。横幅があるのだろうか。
おれと瑛華は襖で分けられている奥へと向かい、荷物を置いた。奥側にはテレビや背の低い机と座椅子が設置されているため、手前のエリアに布団をひこうと思った。
カーテンを開け、窓の外を見た。十数メートル離れた向かい側の家が、どんと真正面に眺める。その後ろは山になっていた。
「こっちの家は昔、民宿していた頃に使っていたんですよ。向かい側の家でいつもは生活しています」
と村長は言った。
「いつやめたんですか?」
「もう三十年以上前かなぁ。母とうちの家内がやっていたんですよ。どちらも亡くなってしまいましたけどね」
そういえば、母親を早くに亡くしたと沢村は言っていた。重い空気になりかけたが、村長は気にせず言った。
「今は、三男の息子夫婦がこの家を使ってます。あとはお客さんが来たときとかに」
玄関に二足靴があったのは、三男夫婦のものだろう。今、家にいるのだ。挨拶しなければ。
「じゃあ結愛ちゃんもここに?」
「いえ、違いますよ」
と結愛は言った。
村長は補足するように、
「この子は、長男夫婦の子供でしてね。長男は向かいの家で生活してるんですよ。なのでこの子も向かいの家で」
「なるほど」
「布団は押し入れの中にありますので。お茶も何本か用意して、紙コップもありますから」
「どうもすみません、ありがとうございます」
「いえいえ、気にしないで気にしないで」
村長は右手を左右に振った。
「村の案内は、この子に頼んでありますから」
「よろしくお願いします!」
結愛は元気良く言い、ちょっと頭を下げた。活発な性格のため、自分から志願したのかもしれない。
「ありがとうね、結愛ちゃん」
「い、いえ!」
憧れである江原瑛華に礼を言われたため、とても浮かれていた。
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