二章 落神村
第8話 案内人
五月二日。電車で落神村に近づけるところまで近づいた。
沢村からルートを教えてもらったのが、何回も何回も電車を乗り換え、そしてバスに乗り込み長い時間をかけ向かう。高山からは電話があり、激励をくれた。頑張って頑張って! 神隠しに負けないで! というセリフ。熱い気持ちを感じたが、まるで神隠しが起こると思っているかのようだ……。むしろそれを期待しているのかもしれない。そうなればミスターXの格好の餌だ。
駅から出ると少し歩き、バスを待った。時刻表によると、あと三十分後にやってくるみたいだった。
おれは辺りを見渡した。小さな駅のロータリーが左斜めに見え、その前には細い道路がある。駅の前に喫茶店があるのだが、看板に書かれてある名前は色褪せ、傷んでおり、時間の経過を酷く感じた。人の通りは少なく、車も時折横切るだけだった。
静かだ。田舎だ。落神村はこれ以上の静けさで田舎なのだろうか。村とついているのだから当然か。ここはまだ町である。
おれは隣にいる瑛華に顔を向けた。
「あそこの喫茶店で時間でも潰すか?」
「んんー、別にいいんじゃない? 三十分なんてあっという間だし」
「それもそうか」
「そうだよ」
瑛華は手に持っているほ〜い粗茶を飲んだ。以前、アパートで会ったときも飲んでいたが、えらくほ〜い粗茶にご執心らしい。確かに美味しいので納得はできる。
おれはまた瑛華を見た。瑛華は口からペットボトルを離すと、
「なに?」
「なんか今日、気合い入った格好してるな? スカートなんかいつもはかないだろ?」
「そうかな?」
「コンタクトもしてるしさ」
「ももちゃんもコンタクトしてるじゃん」
「そうだけども、普段はメガネだろ」
瑛華は首を傾げた。
「どうしたの。他の男を意識してんのか的なこと?」
「意識してんのか的なことじゃないって、別に。相変わらず可愛いなって思ってさ」
「どうもー」
瑛華はふいっと前を向いた。それならばこれはどうだ。
「いや、それほど可愛くはないかあ」
「ああん……」
瑛華は勢い良くおれを睨みつけるのだった。
バスがやってきて、おれたちは一時間ほど揺られた。大人しい寂れた町並みから、徐々に徐々に緑が多くなり、気がつけば周りは木々だらけだった。山道をぐんぐんと進んでいった。
目的地につく頃には、車内はおれと瑛華と運転手の三人だけになっていた。バスを降りると、逃げるように排気ガスを撒き散らしながら走り出した。
バス停の前に、落神村はこちら! と書かれた案内板があった。山の中を切り開いた道が、真っ直ぐ伸びている。風でかさかさと木々が揺れ、メロディーを奏でている。
現在の時刻は十五時。到着予定時刻にぴったりだ。沢村ディレクターの父親に――落神村の村長に村の案内をしてもらうことになっており、待ち合わせをしているのだが、姿は見えない。もう少し進んだ先にいるのだろうか。
道を渡り、案内板の横に立ったところで、向こうから二人の人影があった。一人は六十代後半くらいの男性で、隣には高校生くらいの少女がいた。少女は端正な顔立ちをしており、目をひかれた。
「やあやあ、お待ちしていましたよ」
男性は歩きながら、気さくに手を挙げた。年相応のしわがれた声だった。
「霧島ももじさんと、江原瑛華さんですね」
「お世話になります」
おれと瑛華は頭を下げた。男性と少女は前に立ち、にこにことしていた。
「こちらこそよろしくお願いしますよ、村の取材なんてありがたい限りですよ」
「それに人気女優の瑛華さんに来て頂くなんて、凄く光栄です!」
少女は目をキラキラとさせ、眩しい光線を送っていた。おれはおれは!? おれはどうなの!? と割って入ろうと思ったが、大人気ないのでやめた。瑛華はにこやかに、ありがとうと言った。
「おっと、自己紹介がまだだったね、わしの名前は沢村吾郎(ごろう)。この村の村長をさせてもらってます。隣にいるのが、孫の結愛(ゆあ)です」
「よろしくお願いします」
結愛はぺこりと頭を下げた。では結愛は、沢村圭太ディレクターの姪っ子にあたるらしい。一度もそんな話は聞かなかった。愛らしい姪っ子がいるのなら、自慢してくれたらいいのに。
おれたちも自己紹介した。息子から聞いているだろうが、東京で芸人をしており、雑誌のコラムを書かせてもらうことも言った。瑛華こそ紹介はいらなかった。相変わらず結愛はお目目を輝かせているし、村長も承知しているらしく、うんうんと頷いていた。
「では行きまさっ――行きますか」
「もう、おじいちゃん、なに噛んでるのよ、緊張してるの?」
村長は面目なさそうに頭を掻いた。結愛は声を立て笑った。おれたちも笑った。とても丁寧な方で、おれは村長に好感が持てた。おれもこんな風に歳を取りたいと思った。
「緊張なさってるんですか」
とおれは尋ねた。
「ええ、実は……。でももう大丈夫、だいぶシミュレーションもしましたからね! それでは、改めて向かいますか」
村長は道を指さすと、歩き出した。おれたちは後ろをついていった。瑛華は結愛に懐かれたらしく、隣に並び歩いていた。緑のアーチを進んで行くが、村はまだ見えない。そういえば、山を切り崩したその中にあると沢村ディレクターは言っていた。
道も舗装されておらずオウトツがあるため、荷物を持つかと瑛華に言ったのだが、断られてしまった。彼女は人の助けを借りるのがあまり好きではないのだ。
「お二人は、付き合ってるんですよね」
と結愛は言った。瑛華は頷いた。
「そうだよ」
「芸能人カップルかぁ、憧れるなぁ……」
結愛は目をとろんとさせた。芸能人というものに、憧れを抱いているらしい。おれのことも一応、芸能人として認知してくれているみたいだ。良かった良かった。
前方の左手にある木の枝に、キラリと反射したような光があった。少し進むと消えたが、いったいなんだったのだろう。おれは、カラス避けのため畑などで吊るしているCDを連想した。
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