第54話 最後の挨拶

「はいオッケー!」


 というスタッフの声が聞こえた。撮れ高は充分、おれの叫び声で上手く締めくくれたと思ったのだろう。

 集まっていたみなは安堵し、気を緩めた。すべてを終えた達成感で清々しい顔をして、周囲のものと話していた。スタッフたちも肩の荷を下ろし、笑顔を見せていた。


 おれも吐息をついた。この適度な疲労と確かな充実感がある余韻は、とても居心地が良かった。よくぞ解決できたなと思った。探偵芸人としての面目は保たれ、悩みも晴れて進むべき道も見えた。人としても芸人としても、この経験で大きくなれた様な気がする。

 誘拐などではなくて良かったという安心もあった。最悪の事態にならなくて良かった。夢なら醒めてくれと思ったが、ドッキリでも充分だ。無事で良かった……。


 徳井がやってきて、あとで感想を撮りたいから時間をくださいと言われた。番組の最後に流すためであろう。ありのままを伝えるだけだが、おれも芸人だ。少しは視聴者を楽しませるよう考えておかなければ。


 徳井が離れると、沢村と瑛華が近くにやってきた。にこにこと笑っている。

「しかし凄いな霧島、本当に解いてしまうとは!」

「そうだよももちゃん、凄いよ!」

 瑛華はこくこくと頷き、周りにいる数名もそうだと声を上げた。

「一応、フェアに情報を出していたつもりだが、解けなくてもなんらおかしくはないからな」

「おれが神隠しの謎を解けるか、という番組でいいんですよね?」

「そうだ、ミステリー謎解きバラエティとでもいうのかな。VTRをスタジオで流し、お前の勇姿を見るんだ。ちゃんとスタジオにはお前や瑛華ちゃんに来てもらってな」

「もし解けなければどうしていたんです?」

「チャレンジ失敗ってことで、解けなくても番組として成立するようにはするつもりだった。けどよ、解いてくれた方がやっぱり盛り上がるし安心したわ!

 村のみんなにも感謝しないといけないしな。気さくな人が多いから承諾し協力してくれてさ、有難い限りだ」

「村おこしにもなりますかね?」

「なるだろうな、親父たちはまた民宿を開始するって言ってたしな。今までにない壮大なミステリーバラエティだ。きっと視聴率も出るっ! 期待して待っておけよ! 必ず成功するからな!!」

 沢村は拳を握り言った。


 周りからおおーっ! と歓声が上がり、また拍手があった。みな気分が高揚していた。それだけ大きな労力と不安があったのだろう。おれに謎解きをさせるために、多くの人が動き回った。全員の連携プレーが必要であった。誰がこのような大掛かりな企画を考えたのだろう。沢村だろうか? 凄いなと素直に思った。


 行きは公共のバスであったが、帰りはテレビ局で用意しているロケバスに乗せてくれるみたいだ。沢村家へ荷物を取りに行かなければならない。


 その前に、お世話になった人たちに挨拶することにした。


 村長は騙してしまったことを詫び、慎太郎と亜美は、いい経験になりましたと言った。村長が幼少の頃、鷲に攫われたのは作られたエピソードではないらしく、それだけは信じてくれと熱弁された。そして、また村に来てくださいと言われた。必ずとおれと瑛華は答えた。

 驚いたことに、拓海と香織は本当の夫婦らしく、劇団に所属していた。ちゃんとした本名も教えてもらった。

 弥彦は、おれの推理を称え瑛華には演技を称えた。どちらも一流の能力で、感心してしまったと。当初は、本当の息子家族の旅行について行きたいと思っていたが、残ることを選択し正解だと笑った。オンエア、楽しみにしていると最後に言った。

 裕貴は興奮気味におれの肩を掴み、素晴らしい推理だったと言ってくれた。本名を教えてくれると、今度、絶対に飲みに行こう! と目を輝かせた。ぜひぜひ、おれは言った。

 和恵は、よくやったねとおれに抱擁した。おれは村の伝承である神隠しを番組を扱わせてもらい、感謝した。村おこしや参拝者が増えるのならと、和恵は気前よく言った。スマホを返されると、帰る前に神社へ参拝に来てねと言われ、おれはもちろんですと答えた。

 統司へはまず、生意気なことを言ってしまったことを謝罪した。統司は気にしてはおらず、番組としてと盛り上がるので良かったのでは? と言った。視聴者に、おれの必死が伝わるだろう、ファンが増えるよ、といやらしい笑みを浮かべていた。

 佐田はミスターXの読者なのは本当らしく、オカルト好きも嘘ではないようだった。礼を言うと、オカルトについて知りたいことがあればいつでも聞いてよと言われた。動画でテーマにすることがあれば、協力を仰ごうと思った。

 律はあのクールな性格は演技であり、とても物腰柔らかであった。十代かと思ったが二十代前半で、それも驚いた。よく喋りよく笑い、むしろ今の律が演技のように思えてならなかった。


 おれは、結愛と優花――本名ではないのだが――の方へ向き言った。

「なにわともあれ、誘拐じゃなくて良かったよ」

「すいません」

「ごめんなさい」

 と結愛と優花は同時に謝った。

「いやいや、最後におれが勝ったんだからおあいこさ」

 結愛と優花は顔を見わせ、破顔した。目の前で消えた二人と話しているのは、どこか感動的であった。映像だとわかった今でも、胸を撫で下ろさずにはいられなかった。

「けれど霧島さん、かっこ良かったですよ。私たちのために奔走して、とっても……」

 結愛はうっとりしたように言った。和やかだった瑛華の雰囲気が変わったのがわかった。おれは慌てて咳払いをした。

「ふ、二人は女優を目指しているのか?」

「はい!」

 二人は大きな声で言った。目を輝かせ、希望に満ちた表情をしている。若いがゆえに自信が満ち溢れ、不安は毛ほども感じていないのだ。おれたちも、昔は同じ表情をしていた。絶対に芸人として成功し、テレビや舞台で輝いていると。


 羨ましくも、微笑ましくもあった。若い時代のことは、後になってからしか感じられない。


「めっちゃいい演技をしていたし、きっといい女優になれる。瑛華みたいな女優にね」

 結愛と優花は表情を明るくすると、深々と頭を下げ、ありがとうございます! と言った。瑛華も目を細め笑っていた。良かった、和やかな雰囲気に戻っている。

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