第55話 コンビ

 二人と別れると、おれと瑛華は沢村家へ向かおうとした。

 だが、後ろから声をかけられた。


 思わず足を止めた。


 最近、聞くことのなくなった聞きなれた声だった。学生からの数々の思い出が再生された。最後に浮かんだ映像は、サンパチマイクの前で立ち、客の前で漫才をしている二人だった。

 振り返ってみると、がいた。照れたように笑い、眉間にしわを寄せている。おれと目が合うと、ふらりと逸らすのだった。


「なんでお前が……」

 と言ったところで、気がついた。

「もしかして、お前が企画を……?」

「そうやで」

 中田は頷いた。

「久しぶりやな、霧島。驚いたか」

「お前、そりゃ驚くに決まってんだろ……」

「感動の再会とはいかんか?」

「気持ち悪いこと言うな」

「俺も言ってキモって思たわ」

 中田は笑った。瑛華は口元を緩めながら、おれと元相方を交互に見た。この番組に中田が参加していることを、瑛華は元から知っていたらしい。


「私は先に荷物を取りに行っとくから、二人で話したら」

「いや、別に話すって言ってもな……」

「いいから、いいから」

 瑛華は口に手を当て笑いながら言うと、そそくさと離れていった。


 中田は二歩近づいてきた。一メートルもない距離だった。中田が風邪を引いていたら、うつされるであろう距離。地元に帰るしか縮まらなかったと思っていた距離。ずっとマイクの前で喋っていた、あの距離。

 まさか中田が出てくるとは思わなかった。


「なんでお前が? これを考えたのは、お前なんだよな」

「せや、ええトリックやろ。昔から俺が考えたトリックを見破ってきやがったけど、まさか今回も解かれるとはな」

「そういえば学生の頃、そんな遊びもしてたな……」

 おれはふふっと笑った。

 いけない――。

 懐かしさにやられかけ、軽く頭を振った。久しぶりや、懐かしいなという言葉はいらない。ノスタルジーはこれからへの歩みを止めようとしてくる。惑わされるわけにはいかない。


 中田は言った。

「実はな、恥ずかしいんだが諦めきれなくて、沢村さんに相談に乗ってもらっててん。笑いに携わりたいんですって。お前には黙っておいてもらってな」

「なんでおれに一言も言わなかったんだよ」

「迷惑をかけると思ったんや。お前、探偵芸人として成功の道筋が見えかけてたし、今更、元相方に復帰したいって言われても邪魔やろ。やからな……」

「別におれは気にしないけどさ……」

「でもこうして、お前をドッキリにかけられた。沢村さんに相談したとき、いいネタがあったら採用したるって言ってくれてな、この落神村の神隠しのことも聞いてたから、これは使えるんちゃうかって思ったんや。そして一回この村へ来て、下調べして企画を書いてみた。上手くいくと思った。霧島にしかできん企画やし、お前の後押しになるんちゃうかとも思った。すると沢村さんは面白いと言ってくれてな、おれも放送作家として参加することになってん」

「じゃあお前が発案して、台本を書いたんか」

「せや。企画会議にも参加して、色々大変やってんで。モニターを置く位置やら、警察に連絡されへんために禁止事項を作ったりな。……でもこれで俺も一応、放送作家や。このあとも、何本か仕事やらへんかって言われてんねん」

「そうか……」

「またお前と仕事できると思う。ネタを考えるのも、力貸すで? 相方としてやなく、作家としてやけど」

「頼むわ……」


 おれの声は自分でも驚くくらい、とても小さかった。

 感慨深かったからだ。夢を諦めたと思ったのに、再起し自分の実力でチャンスを得た。大いに悩み、辛かったはずだ。よくぞ這い上がってきたと思う。おれの目の前に現れたのも、ノスタルジーに惑わされたわけではなく、これからのためだった。

 中田も、前を向いている。おれも頑張らねばと思った。この番組で、確実にステップアップしなければならない。ネタもより良いものを作っていき、探偵芸人として動画も作り、今より精力的に活動していく。やらねばならない!


 おれの体は熱くなっていた。活力が湧いてきた。これは、芸人になった初めの頃以来だ。絶対に芸人として成功し、テレビや舞台で輝いてやると、燃えていた頃と同じ気持ちだった。若い時代が帰ってきた。


 おれは自然と、気がつけば手を出していた。中田はおれの目を見ると、躊躇うことなく手を握った。恥じらいもなく握手していた。


 中田の目にも、若い時代の熱い気持ちが宿っていた。

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