第51話 推理①
沢村家に戻ると体を拭き服を着替えた。身も心もすっきりした。
おれは村長からパソコンを借りると、推理の補完をするため調べものをした。ピースが埋まっていく。やはり、おれの推理は間違いではなさそうだった。
村長にパソコンを返すと、
「ありがとうございます、おかげで助かりました」
「いえ、ですがなにを?」
「おれの推理が正しいか調べていたんです」
「わ、わかったのかい?」
「ええ、やっと解くことができましたよ」
おれが笑うと、村長もぎこちなく笑った。
「それで村長さん、どこで推理を話せばいいですかね」
「どうしてわしに……」
「演出も必要でしょう? そうだ、サワムラ畳店の前はいかがですか?」
「は、はあ、わかりました」
「さっそく向かうことにしましょう! 人を集めておいてくださいよ!」
村長は困惑していたが、すぐさま動き出した。
おれは遠ざかる村長の背中を見つめていた。おれが演出も必要と言ったとき、村長はびっくりし焦っていた。意味を理解した証拠だ。
数十分後、サワムラ畳店の前に人が集まった。沢村家、神田家は勿論のこと、和恵や統司、佐田や律も興味深そうにおれを見ていた。
おれはサワムラ畳店の前に立ち、瑛華は少し離れたところで立っていた。なかなか壮観ではないか。これで文句もないはずだ。
「本当に解けたんだね」
と村長は言った。
「ええ、そうです」
「人の手によるものだと」
「はい」
おれが頷くとざわめきが生まれた。
「じゃあ、犯人はこの中にいると?」
「まあ、そうなるんですかね」
今度は大きな大きなざわめきが起こった。信じられないといったふうの顔をしている。俺は笑みを噛み殺した。役者だなと思った。
おれは説明を始めた。
「おれと瑛華は、結愛ちゃんが一瞬にして消えてしまうところを、この目でしっかりと見ました。あれは幻覚などではなく、紛れもなく結愛ちゃんでした。
結愛ちゃんは向かい側の、おれは一号棟と名付けましたが、村長さんや拓海さん、香織さんが主に生活している家にいました。二階の自分の部屋におり、朝早くから勉強をしているようでした。おれと瑛華は、朝食のときに結愛ちゃんの姿は見ませんでした。ことが起こったのは、朝食を終え少ししてから。以前、民宿だった二号棟の部屋の窓を開けると、向かい側の部屋にいる結愛ちゃんも、窓を開け部屋の真ん中に立っていました。手を振っていると、一瞬にして結愛ちゃんの姿は消えてしまいました。我が目を疑いましたが、確かに彼女は消えた。まるで伝承にある通り神隠しのようだ。おれたちはその後、あたりを捜索しましたが、結愛ちゃんの姿はありませんでした。
神隠しだという声もありましたけど、おれは人の手によるものだと思いました。そこで色々なことを考えました。犯人はおらず、結愛ちゃんが自ら消えたのかもしれないと。しかし、誘拐ではないとしても、姿を一瞬にして消したのは間違いありません。瑛華に頼み、勢い良くしゃがみ込んだり横へ飛ぶことにより、姿が消えたと誤認できないだろうかと調べました。結愛ちゃんの体は、窓枠にのり上半身だけしか映っていましたから。けれど、その方法では無理でした。しゃがみ込もうが横へ飛ぼうが、その瞬間の姿を確認することができました。なにか仕掛けを使い、マジックのようにして消えたのか? でもこれも違いました。床が抜け、下へ落ち消えたのではとも考えたましたが、そんな仕掛けはもちろんありませんでした。
もう一つは、光の反射の類いで作られた結愛ちゃんを見せられていたのではないかということ。結愛ちゃんは、そこにはいなかったのかもしれない、と考えたんです」
集まっている面々は真剣な表情を浮かべていた。頭にその光景を思い描こうとしている。瑛華だけは、まるで応援するようにおれを見ていた。
「これは大胆な方法です。非常に大胆な。しかしとても効果的でした。今よりもっと時代が進めば、より凄いトリックが生まれていたことでしょうね」
「いったいどういった方法を使ったっていうんです」
「4Kのモニターですよ。公民館に置かれているね」
おれを注視している群衆に、驚くような反応はなかった。予期していた反応ではあるが、少し寂しかった。
「公民館に置かれていたモニターがトリックに使用されました。一度くらいは、家電量販店などで4Kの映像を見て、なんて綺麗なんだ、まるで実物だと思ったことはありませんか? とてもきめ細やかで、色も鮮明です。特に遠くから等身大の人物を見たら、そこにいるではと錯覚を覚えるほどです。手を振っていた結愛ちゃん、あれは映像だった。映像のため、一瞬にして消すことができた。まるでその場から消失してしまったかのように……。あらかじめ、部屋で手を振っている映像を撮っていたんでしょう。身長や、部屋の明かりや背景などがおかしく映らないようにしてね。違和感を生じさせたら駄目ですから。勉強机の隣に置かれていたギターが、向かい側の部屋から見たときとは配置が違っているように感じたのは、そのためでしょう。映像を撮ったときと少し向きが違っていたんです。モニターの枠は壁と同化するように色を塗ったのか、もしくは合った色のマスキングテープを貼る。近くで見たらすぐにわかるが、向かい側の部屋に設置されていれば、遠くて気づきもしない。
モニターはどのように設置されていたのか、これは凄く重要です。結愛ちゃんは立っていましたから、通常のように横向きに置かれていてはおかしいです。縦にして置かれていたんです。足の部分は着脱可能のため外すことができます。ですが、これだとモニターを立てることはできませんよね。支える物もない。そこで、結愛ちゃんが立っていた場所を思い出してください」
「立ていた場所……真ん中に立っていたな……」
と拓海は相槌を打つように言った。
「部屋の真ん中に……」
「そうです、部屋の真ん中に立っていましたね。部屋の真ん中にはなにがあったか? 襖がありましたよね。もっと詳しく言えば、襖を通すレーンがありました。そこに設置したんです、襖を立てるのと同じように。もちろん、モニターにはレーンに立てるために、そこにハマる付属品を作りつけてあります。
村長さん、前に襖の説明をしてくれたことがありましたよね。そのとき、襖の高さは百八十五センチだとおっしゃっていました。先ほどパソコンで七十五インチモニターの横幅を調べましたら、百六十五センチが一般的らしいです。レーンにハメるための付属品をつけることが可能です。その付属品を見られたら致命的ではありますけど、窓枠が邪魔をし、下のレーンも上にあるレーンも見ることはできませんでした。さっきも言ったように、モニターの枠の部分を擬態させておけば気づかれることはない。コードは、モニターに隠れるように後ろ側に挿しておけばいい」
誰もが感心したような顔を浮かべたり、唸り声を上げていた。慎太郎に至っては、熱心に頷いている。瑛華は感心というよりも、誇らしげにしていた。
「けれど、そのあと部屋に駆け込みましたけどモニターはなかったはずですよ。それにいったい誰がその映像を流し、消したというのか……」
村長は言った。
「いいことをおっしゃって頂きました。順序立てて説明していきましょう。まずモニターは今朝、もしくは深夜のあいだに運び込まれ、設置されていたとみてもいいと思います。あのモニターには、WiFi回線で遠隔操作できるエクステンダーと呼ばれるものがついていました。映像はパソコンによる遠隔操作で行われました。村長さん、あなたはノートパソコンを持ち縁側に出ていましたよね」
村長は体をビクつかせた。
「ええ、そうですが……」
「縁側で、おれたちが窓から顔を覗かせたのを確認すると、遠隔操作により瑛華を消した。プログラムされた映像を作っておけば可能です。そしておれたたちが慌てて部屋を出たのを見計らい、通話状態にしておいたスマホで、二階で待機している香織さんに知らせる。モニターやコードを隠さなくてはなりませんから。コードはおそらくですが、香織さんが持っていた洗濯カゴの中に隠したんでしょう。洗濯物に埋もれてしまえばわかりません。
モニターはどのように隠したのか。おれたちが部屋に入ったときはモニターなんてありませんでしたからね。しかも隠せるような場所などありません。肝心のモニターの隠し方は、これがまた面白い。よく思いついたなと思いますよ」
おれはくすりと笑った。
「部屋の襖は、三枚構造になっていましたよね。真ん中の襖は、交換しないといけないらしく取り外していた。モニターは、真ん中のレーンにハメていたんでしょう。隠すときは、襖をしまうようにモニターを襖のあいだに挟んでしまうんです。すると部屋には、開け放たれた襖があるだけように見えます。襖と襖のあいだに隠れ、誰もその中にモニターがあるとは気づきません。けっして開いているわけでもないので、違和感もない。村長さんが言っていましたが、襖の大きさは、この村ではすべからく同じであり、横幅は百センチあるらしいです。七十五インチモニターの縦幅は、九十三センチほどでした。はみ出すことなく隠す事が可能なんです。超薄型らしく、厚みも三センチほどですから、あいだに入ります。
香織さんは部屋に入り、コードを回収しモニターを動かし襖と襖の中に隠した。おれたちが到着するまでのわずかな時間でも可能だ。そしておれたちと共に部屋の中に入り、結愛ちゃんはいないかと確認する。いい演技だった」
香織は、どんな反応を取ればいいかわからないらしく、視線をさ迷わせた。いや、彼女が香織かすら怪しいのだが――
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