六章 探偵芸人

第48話 最後

 五月六日、最終日。


 今日ですべてが終わる。おれが神隠し騒動を解決できるのか、一日が終わり警察に連絡するのか。どちらにしても、この村とはさよならだ。

 ミスターXのコラムを書くため落神村にやってきたというのに、まさかこのような五日間になるとは思わなかった。コラムを書く余裕はなく、謎についてずっと考えていた。ミスターXの編集者である高山には、申し訳なく思う。沢村ディレクターにも迷惑をかけることになった。


 結愛や優花にも謝罪の念がある。おれに推理の力がもっとあれば、すぐさま解決し騒動を収束できたというのに。


 昨日や一昨日と比べると、朝食の場は明るかった。村長や拓海、香織も笑みを見せていた。慎太郎や亜美は元々暗かったが、言葉はぽつぽつと増え出した。今日が終われば、またいつもの日が帰ってくると信じているからだろう。そう信じるしかないのかもしれない。


「ゴールデンウィークも終わりますね」

 と村長はおれに言った。

「そうですね、早かったような酷く遅いような……」

「その通りですね……」

 村長は翳りのある顔で笑った。拓海はお米をごくりと飲み込むと、

「それと、霧島さん。昨夜の公民館でのことは、気にしないでください。彼も熱くなっていただけなので」

「は、はあ」

「あとで言い過ぎたって、反省してましたから」

 おれはゆるりと首を振った。

「あの人は、別になにも間違ったことは言ってませんから」

「そ、そう……」

「ええ」


 娘の行方がわからず疲弊し余裕なんてないはずなのに、慰めの言葉をくれるとは思はなかった。拓海の優しさが伝わった。

 おれはぽつんと一つ空いた席にある、サランラップがかかった朝食を見た。いつ帰ってきてもおかしくないようにと、結愛の朝食を香織は用意していた。身に詰まる思いだった。なにもできないから、せめてもと料理を用意するのだ。親の愛情である。この優しき人たちのもとへ、娘を返してやりたいと切に思った。

 サランラップについている水滴が、たらりと下へ流れた。


 朝食を終えると、瑛華は香織に呼び止められた。どうやら話し相手に瑛華は選ばれたようだった。嫌がりもせず、瑛華は笑顔で了承した。

 外に出ると、空を見上げた。薄暗い雲が太陽を覆い、空に元気はなかった。一雨くるかもしれない。


 おれは神田川家に向かった。裕貴と弥彦に挨拶し、家の前を捜査する許可をもらい、気にしないでもらいたいと言った。

「ありがとうね、最後の最後まで」

 裕貴は物悲しげな表情を浮かべ言った。

「本当に感謝してるよ」

「いえ、そんな……」

「これからも、あなたのことを応援し続けるから」

 裕貴は言うと白い歯を見せた。


 扉が閉まり、おれはそこに立ち尽くし扉を見つめていた。胸が熱くなった。裕貴の言葉がありがたく、励みになった。拓海もそうなのだが、人を気遣う余裕はないはずだというのに、どうして人を思いやる言葉をかけられるのだろう。やらねばならないと強く思った。まだ今日一日がある!


 おれは優花がしゃがみ込んでいた、ガラス戸の前へ向かった。しゃがみ込むと、あたりを見渡した。

 顔を左に向けたまま、神田川家の玄関を見た。玄関は出っ張っており、おれの体は隠れていた。統司に呼ばれ斜面の下を通ったが、神田川家の左側から歩いてきたため、優花は玄関に隠れ姿を確認することができなかった。正面にきて、目線が合うとようやくである。

 斜面の下も、この場からだと草があり見え辛い。しゃがみ込んでいるため余計だ。通るものがおれば、頭はひょこひょこと見えるだろう。視界は悪い。もし優花が素早く伏せたとすれば、消えたように見えるのではないかと思った。


 二度、素早く伏せてみたが、考えを否定せざる得なかった。地面に擦れるため音もし、いくら視界が悪くとも伏せる様子はわかる。

 伏せて隠れようとし、一つ思ったことがあった。どのようなトリックを使ったかはわからないが、犯人は近くに潜んでいなければならないはずだ。いったいどこにいたのだ? 伏せておけばおれたちから見られることはないが、裕貴や弥彦、近所のものからはトカゲのようにしているのを隠すことはできない。家の裏に隠れていたのなら、洗濯物を干していた野々山が目撃している。


 顎に手を触れ考えていたのだが、服に土がついていることに気づき手で払った。


 優花はここでなにをしていたのだろう、とやはり気になった。おれは情報を得るためしゃがみ込んだり伏せたり、土がついたら服を払っている。なにかしら行動をしている。では優花は? 彼女はここでなにをしていたのだろう。裕貴はアリでも見ていたんじゃと言っていたが、地面に優花の気になるものでもあったのだろうか。しゃがみ込んでいたのはそのためか。

 アクセサリーでも落ちたのか? それを拾うためしゃがみ込んだ。そうしておれたちを発見し、手を振った。そうだ、どうして優花は声をかけなかったのだろう。手を振るばかりで、おーいとも声はなかった。人を呼ぶというのは、案外と億劫であり躊躇いも生まれる。だから声をかけなかったとも考えられるし、声を出せない状況であったとも考えられる。


 そして、結愛の消失とまったく同じ状況であることが気になった。おれたちに気がつき手を振り、姿を消す。そこに意味があるとすれば、いったいなんだ? まったくの偶然か?

 おれは目を瞑り、交互に二人が消えた瞬間を再生してみたが、閃きはなかった。ただ二人とも、妙に明るかったように感じた。気分的な意味ではなく、顔や体全体である。くっきりと鮮明だ。記憶の中を辿っているため、それだけ衝撃で印象深かったゆえに加工されているのかもしれない。


 ふと、結愛の消失について思いついたことがあった。


 バラエティ番組などで、床が抜け落とし穴になっているという仕掛けがある。床が抜け一瞬にして、悲鳴も出せず下へ落ちる。結愛もその方法で消えたように見えたのではないかと思った。

 大胆な方法であり、そのために部屋の床を改造しなければならないと理解しているが、大掛かりな仕掛けの方がかえって気づき辛い。人間消失マジックなどでも使われている手ではないだろうか。


 沢村家に向かうため立ち上がった。一歩踏み出したところで、視界の片隅にキラリと光るものが入った。斜面を降りた先にある右隣の家のベランダからだった。足を止めびっくりし顔を向けたが、光るものはなくなっていた。一瞬であった。

 落神村にやってきた初日も、光るなにかを発見した。結局、なんだったかはわからなかったが、またである。同じ物が光ったのか? それとも関連性はなく偶然?


 気になったが、今は沢村家に向かうのが先決だ。

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