第49話 駆ける

 結論はすぐに出た。結愛の部屋には、床が抜けるような仕掛けはない。ごく普通の畳の床だった。

 それによく考えれば、下の部屋はリビングであり、落ちたとしても村長や拓海がいた。攫うことなど不可能だ。床が抜ける装置も、建てるときにつけなければならないのだ。そんな装置を仕掛ける理由もない。穴だらけの推理であった。


 ため息を落とすと、一階へ下りた。リビングを覗いてみると、瑛華はいなかった。香織はキッチンで洗い物をしていた。部屋に戻ったのだろうか。

 二号棟の部屋に向かったが、瑛華の姿はなかった。用を足しているのか、おれを探しに村へ行ったのかもしれない。

 おれは床に座り、一息ついた。少し待ってみて、瑛華が帰ってこなければ探しいに向おう。窓の外を見ていると小雨が降り始めていた。窓をぽたぽたと非力に叩いている。


 ごろりと寝転ぶと、後頭部に両手をやり、左膝を立てそこに右足を乗せた。


 ベランダにあった光るものはなんだったのだろう、と改めて思った。あの輝き方は、それ自体が光を発しているのではなく、光の反射によるものだ。太陽は曇り空に覆われていたが、切れ間から陽の光が差し込み反射した。

 反射するものを考えてみよう。鏡やガラスがまず頭に浮かぶ。ベランダに置いてあったのだろうか。金属の手すりが反射したとも考えられるだろう。そうすると、あの光はまったく騒動と関係のないものとなる。

 関係があるとすれば、なんだろう。鏡を設置し、光の反射によるなにかしらのトリック? そのなにかしらがとても重要なのだが、思いつかなかった。

 戦争映画をなどを観ていると、双眼鏡で覗いていると同僚に反射を注意されるようなシーンがある。おれのことも、双眼鏡で覗いていたのだろうか。犯人が様子を確認していたことになるが――

 いつぞやの雑誌の取材のことを思い出した。野外で写真を撮ることになったのだが、ちょうど太陽はおれの真後ろにおり、こちらを捉えているレンズがキラキラと光っていた。煩わしかったが指摘する勇気もなく、悶々としていたと記憶している。

 もしかすれば、あの光はカメラだったのではないだろうか? 写真や映像かはわからないが、見張るため撮影しているとすれば?


 おれは怖くなり上半身を起こした。旧神社で男と遭遇したのは、予想通りおれをつけるためだったのか。カバンのような物を持っていた。その中にはカメラがあったのとも考えられる。

 否定しているもう一人のおれもいたが、そうに違いないと叫ぶ声もある。ドクンドクンと、耳の裏で心臓が鳴っていた。

 立ち上がると、おれは部屋の中にカメラが仕込まれていないか探した。部屋の中でも見張るため設置していてもおかしくない。尾行するくらいなのだから。結愛の部屋を捜索し、床が抜ける装置がなかったように、考え過ぎであることを願うばかりだった。


 しかし、願いは簡単に打ち破られた。


 タンスの上を探していると、カメラがあった。白い箱に丸い穴が開き、そこからカメラが覗いていた。ぞっとした。いったいいつからカメラが仕込まれていたのだ……。誰が仕込み、映像を確認していたのだ。村長? 和恵?


 いや、この村全体でか――


 こうしてはいられない。おれは部屋を飛び出した。瑛華が心配だった。

 一号棟へ向かい、キッチンに入る。洗い物をしている香織の背中があった。

「すいません、瑛華はどこに行きましたか」

 とおれは震える声を抑えながら言った。香織はこちらに振り向いた。

「ええっと、確か旧神社の方へ行く言ってたけど……もうすぐで帰ってくるんじゃない?」

「旧神社!」


 まずい。非常にまずい。


 人の気配がまったくない場所だ。


 犯人につけられていたとしたら最悪だ。瑛華が危ない!


 おれは慌てて走り出した。香織はなにやら言っていたが、耳に入ってこなかった。

 靴をはくと、外に飛び出した。雨が降っているが、傘をさす暇はない。必死に駆けた。三の橋を通り、右エリアへと向かう。顔になん粒の雨が落ち、目を細めずにはいられなかった。まだ雨が弱いことが救いだった。

 慌てて走るおれに、村人は奇異な目で見ていた。声をかけてくるものもあったが無視し、先に進むことを優先した。雨と心臓の音は、不安と共に大きくなっていった。もし瑛華の身になにかあったと考えると、怖くして不安で泣き出しそうになる。最悪の事態になれば必ず犯人を見つけ出し、殺してやるだろう。


 斜面をスピードを緩めることなく上がっていく。呼吸が荒くなってきたが、あとで休めばいいだけだ。足がもげったって走るんだ!

 すぐに石段が見えてきた。これを上がれば旧神社だ。石段を登っていき、おれはその先にある光景を想像していた。旧神社の前で瑛華は倒れ、血を流している。雨により血も伸びるように広がり、服はぐっしょりと濡れ、生気のない頬に髪の毛がついていた。虚ろな目で、おれを見上げている――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る