俺サマの答えは決まってる!

 

 邪神がオメガの腹の中に消えて、『核』を失った虚無の空間が崩壊していく。

 そこに、ぽう、と小さな燐光が現れたかと思うと、またたく間に広がり、光り輝く扉が現れた。


「お? ……こりゃ前に、アヒムが俺サマを呼んだ扉じゃねぇか?」


 ーーー異空召喚の術式ですか……!? 一体、誰が?

 ーーーなるほど、これが異空の扉か……。


 二人は初めて扉を見るからか、興味深げな気配が伝わってくる。


 扉の中には最初に見た時同様、極彩色の光が満ちていて、その向こうは見通せなかった。

 虚無空間の崩壊が、時間が停止したようにピタリと止まり、扉の向こうから声が聞こえて来る。


『……次元の守護者となりし者よ。応じて欲しい』


 また、男性の声だった。

 だが、アヒムのものではない。


「次元の守護者ってのは、何だ?」


 ーーー邪神の言っていた、高位の存在というものと何か関係があるのでしょうか?

 ーーー〝大いなる世界意思デウス・エクス・マキナ〟の使徒、でしたか?


 しかしオメガたちの疑問に、声は応えない。

 最初同様、こちらの声は聞こえていないのかも知れなかった。


『次元の守護者よ。……我らが世界の危機に、救援を望む』


 世界の救援。


 再び掛けられたその言葉に、アーレンハイトたちが霊装を解いてその場に降り立ったので、オメガも完全機甲化フル・アジャストを解除して人間の姿に戻った。


 オメガは腕を組み、扉に問いかける。


「その世界の救援、とかいうのに行くのはいいけど。人はいるのか?」


 人がいるんなら、即決なんだけどな。

 そんな風に思っていると、オメガたちの頭上に、扉とは別の光が現れた。


『オメガ、異空の勇者よ』

「どうした、バタフラム」


 その気配は、この世界で元・勇者だったという光の精霊のものだった。

 光の玉のほうは、こちらの呼びかけにふわりと降りてくる。


『この世界の脅威は払われました。魔王の力を得ようとした者も、邪神も消滅しています。……貴方は、この扉の向こうに在る者の求めは、どうされますか?』

 

 バタフラムの問いかけに、オメガは片眉を上げた。


「俺サマの疑問は、一つだけだ。そっちの呼びかけてる奴の世界に、人はいるのか?」

『おそらくは』


 バタフラム自身も、その答え自体は持ち合わせていないようだったが。


『この世界を襲った脅威よりも、なお危機的な存在がこの向こうにいるのが、感じられます。そして世界が存続しているのなら、人は存在するでしょう。少なくとも、勇者と魔王に類する、世界の維持者は存在します』

「俺サマは人じゃねーが」


 邪神の言葉を信じるのなら、人以外の存在でも勇者……根源力を世界にもたらし、世界を維持する存在になり得る。

 オメガのそんな疑問に、バタフラムは否定の意識を返してきた。


『あなたに宿る魂は、真竜の魂……輪廻を繰り返す勇者のものです。人が生まれなくなった世界で、真竜の魂が生まれ落ちるための、例外でしょう』

「例外ね……なるほど、俺サマはどこまで行っても『規格外品ゼロ・イクス』なわけだ」


 しかしオメガは、この先どんな真実が明かされようと、自分の生き方を変えるつもりはなかった。

 バタフラムはこちらの言葉には反応せずに、話を続ける。


『貴方はこの世界で、望みを成し、求めていたものを手に入れました。この扉の向こうに在る者の求めに応じる必要は、必ずしもありません。私は、貴方が残ると言うのならこの世界に貴方を歓迎します』


 バタフラムの言葉に、オメガは鼻を鳴らして唇の端を上げた。

 腕を解き、力強い笑みを浮かべたまま、バタフラムの言葉に応える。


「だが、この向こうには人がいるかも知れねー……助けを求めているのは、人かも知れねーんだろ?」

『可能性は高いでしょう』


 声は、低い男性の声だった。

 その波形は、人間のもののように感じられる。


「なら、俺サマの答えは決まってる! そこに、生きる為に救いを求める奴がいるなら、救うのが俺サマの使命だ!」


 すると、今度は足元から闇の球が湧き出して、バタフラムの光球の横に並ぶ。


『汝は、そう言うと思った』

「ドラグォラ様?」

『ファーザー騒がしい。起きた』


 厳かなのに子どもっぽい、そして眠たげなドラグォラの声に、カルミナが戸惑った声を上げる。


『オメガは征くようです。アーレンハイトは、どうされますか?』

『カルミナ。共に行くなら、力はやる』


 二柱の神々の言葉に、二人のエルフは顔を見合わせた。

 彼らはすぐにうなずき合うと、それぞれに一歩足を踏み出す。


「わたくし達は、オメガ様にお伴いたします」


 さらに、身の内にあるアヒムの魂までもが、それに呼応した。


「え? 良いのか?」


 オメガは、彼らの選択に驚いた。


「行ったら、多分もうこっちには戻ってこれねーぞ?」


 アヒムはまだしも、二人には家族もいるし、この世界の人族達は滅んでいない。

 それに何より、せっかく平和になった世界から、わざわざオメガに付き合って物騒な場所に行く必要などないはずだ。


 アーレンハイトは目を細めて微笑むと、自分の胸に手を当てる。


「オメガ様は、わたくしを仲間だと、そう仰って下さいました。そして霊装は、貴方の力となる。……ならば私は、この命在る限り、人間の守護者たるオメガ様と共に参ります」

「まさか、拒否はしないだろうな? オメガ」


 カルミナも、アーレンハイトと逆側に立ち、腰に右手を当てて不敵に笑った。


「自分は散々好き勝手をしておいて、我々にそれをするな、とは言えないだろう?」


 オメガは、なぜか頬が緩む。

 何でだろう、と考えて、すぐにその答えに思い至った。


 この気持ちは、自分と同じく《救済機甲》だった機甲知性ヒューマニクスたちに……かつて人類を救おうと志し、道を違えるまで、彼らに感じていたのと同じ気持ちだった。


 オメガは天を仰いでから、視線を扉に戻す。


 この世界での、自分の役目は終わった。

 人を救う存在は、救った後の世界には必要ないのだ。

 

 ならば。


「分かったよ! じゃあ、一緒に行こうぜ! 救いを求める連中がいる世界へ!」

「はい!」

「ああ」


 歩み出すオメガたちの背に、バタフラムとドラグォラがそれぞれに口を開く。


『貴方がたに、光の加護を』

『武運を祈る。我は寝る』

「ありがとうございます、バタフラム様」

「感謝致します、ドラグォラ様」


 そうして、扉の向こうに踏み出しながら、オメガはつぶやいた。


「新しい世界にも、美味いもんがあると良いなー!」

「また食べ物の話ですか?」

「それよりも、向こうの世界で自分の力が通用するかを気にしろ」

「考えたって仕方がねーことは考えねー!」

「しょうもないことを心配するよりは百倍マシだろうが」

「飯は大事だろ!? 全然しょーもなくねーよ!」


 いつものやり取りをしていると、アーレンハイトが笑い、その背中に、最後にバタフラムが優しい声音で声を掛けてくる。


『私と同じ魂を持つ、次元の守護者オメガ。そしてアヒムと、二人の巫女。世界を救ってくれた貴方たちに、最大の感謝を』

「いらねーよ、そんなの。俺サマにとっちゃ当たり前の事だ!」

「その通りです、バタフラム様。この世界に生まれ、巫女として力を賜ったわたくしの方こそ、感謝を捧げます」

「我々の世界です。守るのは当然。……行って参ります!」

「覚えておけよ、バタフラム」


 扉の向こう側に向けて、オメガは背中ごしに親指を立てた。


「俺サマ達は新たな《救済機甲》!  ーーー人を救う使命を志した三人だ!」


※※※


 邪神は滅び、オメガ一行は戻ってこなかった。


 しかし人族の王国の王女エーデルは『彼らは未だ何処かで生きていて、人を救うべく戦っていると信じている』という声明を出し、王国は彼と勇者アヒム、そしてアーレンハイトとカルミナを讃える英雄像を広場に建造した。


 台座には、オメガが最後に人々へ向けた言葉が刻まれている。


『俺サマは《救済機甲》ゼロ・イクス! 人を救う使命を持つ者だ!』


 きっと今日も、彼らはこの無限の世界のどこかで、誰かの救いの光になっている、とーーーオメガ達を知るエルフと人々は、永く信じた。


 余談だが、オメガが最後にこの世界で作りエーデルに食させたデザートのレシピは、宮廷の料理長に伝えられており、彼女の好物として、また英雄の料理として、やがて世に広まった。


 その最弱の魔物を使った青いデザートは。


 異空の勇者の名を取って『オメガ・ド・スライム』と呼ばれたという……。

 

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異世界バランスブレイカー!!〜転移直後に魔王を倒した少年は、人に飯を振る舞うのが大好きな最強の存在でした〜 メアリー=ドゥ @andDEAD

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