この清涼感は……グレープフルーツかッ!


 川の跡を進んでいった先に見えたものに、オメガは思わず声を上げた。


「なんだこりゃ?」


 その流れを堰き止めていたのは、太く巨大なツルの壁だった。

 複雑に絡まり合い、天高くそびえ立っている様子は、まるでダムのように見える。


「こんな巨大なツルは、初めて見ましたね……」


 アーレンハイトも、それを見て目を丸くしている。


「とりあえず、一本切ってみるか」


 この向こうに流れなかった川の水があるのなら、一気に崩す訳にもいかなかった。

 川跡の中を歩いてきたため、決壊すればエルフ軍が飲み込まれてしまう。


 一応警戒してイクス・ブレイドの姿のまま歩いていたオメガは、慎重に、一番外側のツルを切り落とす。

 どすん、と重い音を立てて落ちたそれを拾い上げて、断面を見ると、赤くブヨブヨとしているのを見て、首を傾げる。


「これ、肉か? 見た目植物っぽいのにな」


 クンクン、と匂いを嗅いでみると、そこはかとなく甘酸っぱい……汗ではなく、柑橘系かんきつけいの果物のような香りがした。


 とりあえず噛みついて、味を確かめてみる。


「オメガ様!?」

「貴様、もし毒があったら……!!」

「俺は死なないから平気だよ」


 ぶちぶち、と噛みちぎったそれを噛んでみて、口の中に広がった味を確かめながら、ついでに毒の有無を解析する。


「なんだろ、酸っぱくて、皮は苦い……その中にも、清涼感のあるこの感じは……」


 香りや味の構造を知っているものと照らし合わせつつ、それが自分の考えた通りのものだったと理解したオメガは。


 ごっくん、と飲み込んで大きく笑みを浮かべた。


「……グレープフルーツかッ!!」


 肉ではなく、果肉だったようだ。


「ぐれーぷふるーつ?」


 すると聞き慣れない単語だったのか、アーレンハイトが首を傾げたので、オメガは言葉を探した。


「酸味のある果物、の一種だな。この世界にはないのか? ほら、緑だったり黄色だったり赤かったりする、外の皮を剥いて食うような果物」

「ああ、ミーカンでしか?」


 この異世界、どうやら語感や物の名称が、元いた世界の、極東の島国のそれに似ているようだ。


「そう、そういうのの味だよ。毒はないっぽいから、食ってみるか?」

「なぜそんなことが分かる!?」


 ベヒ肉は食ったはずなのに、なぜカルミナはこうも疑り深いのか。

 オメガは軽く眉を上げると、トントン、と自分の喉を叩いた。


「俺は毒味が出来る、って言えば伝わるか? そういうことだ」


 ツルは切り落としても、特に何もなさそうだ。

 オメガはそのまま膝をたわめると、ぽーんと跳躍してツル壁の上に着地した。


 景色が、一気に広がって見える。


 ツルの向こうには、湖があった。

 元は多分、もっと水位が低く、池や沼に近い感じだったのだろう、周りの背の高い木々が半分以上水に沈んでいる。


 その上、湖の中には見慣れないものがあった。


「オメガ様、どうですかー?」

「やっぱりどーも、川はコイツに塞き止められてたみたいだな! しかも中々、面白ぇモンが見れるぜ!」


 オメガは眼下のアーレンハイトに笑いかけると、川べりに移動するように手振りする。


「ツル、切っちまうからどけよ!」


 そうしてエルフ軍が移動するのを待った後、光刃の剣を振るう。


 一気にツルを細切れに切り裂くと、ついでに、デザートや酸味の代わりになるそれを、亜空間収納に取り込んでおいた。


 そこで、ツルの向こうに溜まっていた川の水が一斉に流れ出す。


「ッ馬鹿者! 一気にやり過ぎだ!」


 カルミナが慌てて、エルフ軍に『防御術式展開!』と指示した後に、自分も魔術を行使する。


「大地よ! 隆起せよ!」


 すると、霊子力が地面を走って川縁が盛り上がって即席の堤防になり、洪水のように広がろうとする水の流れを遮断する。


「へぇ、やるな!」


 カルミナの魔法とやらは初めて見たが、将軍だけあって他のエルフより強い力を持っているらしい。


 アーレンハイトが、鉄砲水のごとき勢いで流れていく水流が、堤防に当たって弾けた水しぶきに片手を掲げて顔を守っていた。


「悪い悪い。無事か?」


 オメガが謝りながら二人の前に着地すると、こちらを睨み付けながらカルミナが噛み付いてくる。


「貴様は、もう少しものを考えろ!」

「別に大丈夫だったんだから良いだろ。それより見ろよ」


 オメガは変身を解除して、親指でツルの向こう側を指差した。

 アーレンハイトがそちらを見て、目を見張りながら声を漏らす。


「あれは……?」

「な、面白ぇだろ?」


 ツルの向こうに広がっていた湖。

《ルビを入力…》

 その中央には、ベヒーモス並みに巨大なツルの塊が聳え立ち、そこから湖全体に、無数のツルが広がっていた。

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