半月も我慢出来るか!

 

 魔王討伐を終えて。


 オメガは、アーレンハイトらと共にその報告をするために、帰路についていた。


 この世界の移動手段に空を飛ぶものは少ないらしく、翼のないドラゴンに引かせた竜車でガタゴトと進む道中は……暇だった。


 景色を眺めるのも、一週間も経てば飽きていたのである。

 そもそも、向こうにいる時は話し相手もいない中で、美味い食材を求めて世界中を旅して巡っていたのである。


「腹減ったなー」

「先程昼食を摂ったばかりですよ、オメガ様」


 口を尖らせたオメガが、頭の後ろで手を組んでつぶやくと、同じ馬車に乗ったアーレンハイトがニコニコと返事をする。


「そうしていると、本当に少年のようですね」

「そうか?」


 オメガとしては、自分の精神年齢がどの程度に見えるのか、などあまり興味がなかった。


 救済行動を起こす時以外は、大体料理のことしか考えていない。

 美味いものを食って笑顔になる人々を見るのは、オメガにとって最高の救済行動なのだ。


「変わったもんが食いてーなぁ。魚とか。肉メインの料理ばっかり作るのも、そろそろ飽きたし」


 野草の類いも、集めることは出来るが、これだけの行軍を賄えるほどの量はなく、採取しても大量には振る舞えない。


 オメガの所持している食材も、次に集める機会がいつ訪れるか分からないので、無闇には使えなかった。


 亜空間収納には生きたモノを保存する事は出来ないので、動植物は遺伝子情報で所持しているため、発芽や養殖には時間がかかるのだ。


「後半月もすればエルフ領です。帰還すれば豪勢な食卓をご用意いたしますよ。……お肉に関しては、多分、ヌシ肉には及びませんが、他の食材は新鮮なものを食せます」


 なぜかこの行程の中でも楽しげな様子のアーレンハイトは、困ったように頬に手を添えた。


「この一ヶ月、オメガ様の調理したヌシ肉を食べていたので、お肉に関してはすっかり舌が肥えてしまいました……」

「そりゃいい事で悪い事だな」


 美味いものを食うのはいい事だが、舌が肥える、慣れると同じものでも美味しくなくなってしまう。

 それは由々しき事態だ。


「よし、何か別のモンを食わなきゃな!! 待ってろよ、アーレンハイト!」

「あ、オメガ様!?」


 オメガは馬車を飛び出した。

 そのまま竜車の前方に駆け出し、カルミナが乗る馬の横で声を上げていた。


「カルミナ! この辺でなんか美味いもんは獲れねーのか!?」

「何だ、いきなり」


 ダークエルフのカルミナは、滑らかな陶器のような肌を持つ美貌を嫌そうに歪める。

 どことなく態度からオメガのことをよく思っていなさそうなのは分かるが、自分に対する好悪の感情など割とどうでも良かった。


「まだ先も長いらしいからな。俺サマは肉に飽きたエルフたちに、美味いもんが食わせたい。狩りに行くぞ!」

「まぁ、行程には余裕があるが……」


 馬の歩も緩めないまま、カルミナが答える。


「余計な世話というものだ。私はなるべく早く、アーレンハイト様を里にお戻ししたい。我慢しろ」

「イヤだね!」

「貴様な……」


 即答したオメガに、カルミナが口の端をピクピクと震わせた。

 しかし彼女がさらに言い募る前に、竜車から顔を覗かせたアーレンハイトが声をかける。


「良いではないですか、カルミナ」

「アーレンハイト様……」

「オメガ様のおかげで、行程は行きの倍近い速度で消化しています。少しくらい寄り道しても大丈夫ですよ」


 実際、この辺りの魔物は森のヌシや魔王よりもさらに弱いので、オメガの相手ではなかった。


 行きは疲弊を避けて魔王城にたどり着くために、凶悪な魔物がいる場所を迂回したり山越えをしたり、というルートを通っていたらしいが、それらを全てオメガが始末して真っ直ぐ進んでいるのである。


 それでも渋る素振りを見せたカルミナに、アーレンハイトは風になびく髪を抑えて、微笑みながら続けた。


「この辺りには、貴女の故郷であるダークエルフの里もあるでしょう? こんなに早いのですから、里帰りして報告をしてもバチは当たりません」


 うっ、と声を詰まらせたカルミナが、モゴモゴと続ける。


「ですが、あの里は……」

「よぉし、決まりだな!」


 しかしそんな彼女の言葉を遮って、オメガはパン、と手を打った。


「その里とか言うのはどっちだ!? ついでに飯を狩るぞ!!」

「おい貴様、勝手に決め……」

「ダークエルフの里は、あちらの方角ですよ」

「アーレンハイト様!!」


 街道沿いの山の方を指差すアーレンハイトに、カルミナは、オメガへの怒りと彼女の提案への困惑がないまぜになったような顔をする。


「安全な街道に沿って迂回する道と、群れを成す魔物が多く生息している山を越える早く危険な道の二つがありますが……」

「飯の種が多い山越えだ!」

「だと思いました」


 張り切る気持ちが湧いてきたオメガが即座に答えると、アーレンハイトは小さくうなずいた。

 カルミナは、アーレンハイトも乗り気である事を悟ったのか、浮かない顔で溜め息を吐く。


「……アーレンハイト様は、少しオメガに甘いのでは? それに里帰りなどと、エルフや人族への報告より先にするものでは……」

「まぁ、良いではないですか」


 今日もいい天気ですね、と抜けるような青空を見上げてから、アーレンハイトは馬車の中に首を引っ込める。


「さー、どんな飯が食えるかな!!」


 山の幸に思いを馳せながら、オメガは隊列の先頭に向かって走りだした。

 

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