せっかくの肉が!

 たらふく肉を胃袋に詰め込み、消費した以上の霊子力を良質な塊から補充したオメガは。

 

 一人、鼻歌を唄いながら、魔王城の廊下を歩いていた。

 赤い軽装鎧と両手に光刃の剣を手にした、イクス・ブレイドの姿で。


 当然の如く、魔王城の門前に立った瞬間から凶悪な魔物……オークロードやハイデビルが襲いかかってきたが、相手にはならない。


 まるで稽古用の丸太のように彼らを撫で切り、飛んで来る魔法をも剣閃による風圧で搔き消しながら、歩調を変えずにオメガは迷いなく進んで行く。


 そして一際大きな扉の前で待ち構えていた、他よりも豪奢な衣服を身に纏った魔物が虚ろな目をこちらに向けた。


「シンニュウシャ……ハイジョスル……」

「悪いが、排除されるのはお前の方だよ」


 相手に行動すらさせないまま、足を踏み込んだオメガはその体を一刀両断する。


 襲ってきたのは誰も彼も、どこか意思がなさそうな連中だったが、オメガには関係なかった。


 人族に仇なす存在に対して、容赦する必要はない。


「ここだな」


 扉も切り捨てて中に入ると、少し高い位置にある玉座に腰かけた、大きなヤギのツノを持つ男が、ニヤニヤと笑いながらオメガに赤い目を向けた。


「ようこそ、我が城へ。ずいぶんと派手に暴れたな」

「お前が魔王シャルダークか?」

「いかにも。……ようこそ、異空の勇者とやら。名前を聞こうか」


 悠然とした魔王の問いかけに、両手の剣を振るって決めポーズを取る。


「俺サマは《救済機甲》ゼロ・イクス! 人を救う使命を持つ者だ!」


 そう告げたオメガに、魔王はあざけるように笑みを深めた。


「人を救う、か。それがどう、我を倒す事に繋がるのだ?」

「何だと?」


 決めポーズを解いたオメガに対して、立ち上がった魔王は大きく両手を広げた。


「言っておくが。我は人に手を出した事はない。ただ自分の眷属を生み、森を住みやすいように変えただけだ。それが悪だと言うのかね?」

「アーレンハイトを拐おうとしたらしいが」

「彼女はエルフだ。光の巫女の力は、我の力を増し、この身を滅ぼそうとする者たちに対抗するために必要だった。自衛のためだ」

「そうか、だがお前が版図を広げることで、人が生きる糧が失われているらしいからな。それは、俺サマにとって排除に値する行為だ」


 にとって、それは自明の話だった。

 しかし、嘆かわしいと言わんばかりに、魔王シャルダークは首を横に振る。


「素晴らしく自己中心的な考え方だ。その為には、幾ら他者を害しても構わない、と?」

「その通りだ。お前は、人間じゃねーからな。それにお前がアーレンハイトに害を為そうとしたのは事実だ」

「自衛のための行動すら許容しない、と?」


 そのシャルダークの言葉に、オメガは表情を消した。

 そして冷徹に魔王を見据え、静かな声音で告げる。


「ヒューマニクスにとって、人間の救済は全てに優先する。例外はない。そして俺サマはエルフ族も、知性と在り方の基準を満たしたゆえに、準救済対象に指定した」


 ヒューマニクスには、在り方をもって救済対象の順位を規定する、自己判断が許されている。

 他者に害を為した人類を、最優先救済対象から準救済対象に格下げすることで、生命維持を最優先にしつも、万一の際に排除行動を行えるように。


 エルフは、その例外措置に含まれるとオメガは判断したのだ。


 だが魔王は、それよりも別のことが気になったようだった。


「ひゅーまにくす……それは貴様が人ではない、という事か?」

「そう、俺サマは人の手によって生み出された機甲知性ヒューマニクス。故に、人に間接的であろうと害を為すお前は、排除対象だ」

「よかろう、ならば殺してみせよ! たかが人造生命ホムンクルス如きに、我が殺せるというのならばな!」


 魔王は、指先から火球を放った。

 魔物の魔法と同じように、オメガはそれを両断する。


「なるほど、ならばこれはどうだ!?」


 次は吹雪の魔法だった。

 パキパキと足元から凍りついていくオメガだが。


「ふん!」


 気合いを込めただけで表層を覆う氷が砕け散り、表層にすら傷一つつかない。

 しかし魔王は、余裕の表情でさらに魔法を放つ。


「では、次だ」


 今度は無数の黒い雷がオメガを打った。

 だが。


「全て無駄だ。霊子力エネルギーはそこそこ込めていそうだが、所詮、魔法とやらは特定現象を引き起こすだけの技術だろう? 霊子的強化結合コーティングを施された肉体を持つ俺サマには、幾らやってもダメージはない」


 ゆっくりと歩を進めるオメガに対し、シャルダークは剣を引き抜いた。


「魔力による攻撃は効かないという事かな? では、直接攻撃ではどうだ?」


 シャルダークの姿が搔き消え、次の瞬間にはこちらの目の前にいた。


「死ね」


 しかしその動きを完全に見切っているオメガは、シャルダークの振るう剣を無造作に右の光刃で斬り払う。

 相手の剣は、あっさりと中程から刀身を断たれた。


「おら!」


 シャルダークの無防備になった腹に、オメガは剣を握ったまま左の拳を叩き込む。


「ぐぼぉ!」


 吹き飛ぶシャルダークを追撃し、オメガは一刀の下にその首を刎ねた。

 静寂が訪れ、剣を垂らしたまま告げる。


「生きてるだろ? 霊子反応がちっとも衰えてないからな」

「クク……勇者パーティーよりは賢いようだな。我の演技に騙され、パーティーを全滅させてやった時の勇者の顔は、見ものだったぞ」


 首が喋り、体がむくりと起き上がる。

 自分の頭を掴んで肩の上に乗せると、傷口が瞬く間に消え去った。


「貴様に対しては、この姿では失礼なようだ。見せてやろう。邪神の力を得た我の真の力をな!」


 ゴゴゴゴゴ、と地鳴りのような音と共に大気が震え、シャルダークの姿が変わる。

 おぞましい緑の体表に、滴る紫の粘液を帯びた化け物。


 元の退廃的でありながら美麗な容姿は既に面影もなく、唯一肥大したヤギのツノだけが、その化け物が元はシャルダークであったことを示していた。


「グブブブ……お待たせした」

「ふーん。さっきよりはマシになったが……じゃ、俺サマも見せてやろう!」


 オメガは、両手の剣を大きく左右に広げて、宣言した。


完全機甲化フル・アジャスト!」


 宣言した瞬間、体が光に包まれる。

 そして、最初にアーレンハイトに赤いオーガと呼ばれた、全身鎧と鉄仮面を纏う偉丈夫の姿……ゼロ・イクスへと変身した。


「遊びは終わりで良いな?」

「こっちのセリフだ、異空の勇者よ!」


 ゼロ・イクスとシャルダークは、お互いに距離を詰めて交錯し、すれ違う。

 両剣を縦横に薙いだ姿勢で立つゼロ・イクスと、爪を降り下ろした姿勢で止まったシャルダーク。


 ぼとり、と音を立てて地に落ちたのは、シャルダークの両腕だった。


「ば、馬鹿な……邪神の力を得たこの、我が……こうもあっさりと……!?」

「くたばれ」


 身を翻しざま、宙を舞ったゼロ・イクスは、雷を纏った双剣を構える。


出力解放アビリティ・オーダーーーー〝雷・鳴・牙〟!!」


 その刺突は、加速した下降と共に、狙い違わずシャルダークの心臓と頭部を刺し貫いた。


「ぐぎゃああアアアアーーーッ!!」


 全身に致死の雷撃を流し込まれたシャルダークは、黒焦げになって絶命する。


「救済完了!」


 引き抜いた刃を大きく払い、ゼロ・イクスは誰も見ていなくとも美しいポーズを決めてから。


「って、焦がしちまったら喰えねーじゃん!」


 愕然と、その場に崩れ落ちた。


「なんてこった……魔物の親玉とか絶対美味いのに、俺サマとした事が……!」


 黒こげになった魔王をしばらく恨めしそうに眺めてから。


「しゃーねぇ……諦めるか」


 反応を見るに、元々はエルフだったっぽいので、流石にエルフたちも同族の肉を食いたいとは思わないだろう。


 ゼロ・イクスは気を取り直してオメガの姿に戻ると、その場を後にした。


 その前に、魔王の間の隅で死体人形にされていた勇者パーティーを、亜空間にきっちり収納してから。


※※※


 オメガを待っていたアーレンハイトは、魔王城の方角から感じる禍々しい気配が消えるのと同時に、暗雲が晴れるのを目撃した。


「おぉ……」

「光が……!」


 エルフ軍は歓喜に包まれるが、アーレンハイトは黙って魔王城の方角を見つめる。


 姿を見るまで安心は出来ない、と思っていたが。

 魔王城の入り口から、ちゃんとオメガが姿を見せた。


「オメガ様!」


 まるで無傷に見えるが暗い顔のオメガに、アーレンハイトは問いかける。


「どうなさいましたか? どこかお怪我でも……?」

「いや……悪い、アーレンハイト。なんか美味そうな魔物いなかったから、収穫がなかった……」

「え? ……あの、魔王は……?」

「ああ、倒したよ。予想通りあんま強くなかったし。後、命は救えなかったが勇者たちの体は回収した」


 あまりにもあっさりと言われたアーレンハイトは、目をまたたかせた。


 そして、その事実よりも食材や勇者のことを気にするオメガに、思わず口元が緩む。


「なんだよ、なんで笑ってんだよ?」


 下唇を突きだすオメガをますますおかしく思いながら、アーレンハイトは目尻の涙を拭った。


 安堵と、喜びと。

 そして彼を召喚した勇者を悼む気持ちが、ないまぜになった涙。


 それらを全て押し隠して、アーレンハイトはオメガに頭を下げた。


 強くて、感情豊かで、とても変な異空の勇者。


「貴方に、最大の感謝を。我々を救って下さり、ありがとうございました」

「ん? そんなの当たり前じゃねーか!」


 オメガは笑みを浮かべて、意味不明なカッコいいポーズをキメる。


「なんせ俺サマは《救済機甲》ゼロ・イクス! 人を救う使命を持つ者だからな!」

 

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