肉肉肉肉ゥウウウウウウッッ!!

 ーーー魔王城。


「魔王様!」

「何だ、騒々しい」


 慌てた様子で姿を見せた副官は、生みの親である魔王から放たれる威圧的な気配に、びくっと身をこわばらせた。

 

 いつもと様子が違い、どこか異質さを感じさせる彼に、知性を与えられた魔物である彼は膝を折りながらも言葉を重ねる。


「申し訳ございません。ですが、ご報告が……!」

「言ってみろ」

「し、周辺の魔の森のヌシ達が、凄まじい勢いで殺されています!」


 それは、部下から上がってきた報告だった。


 ヌシは瘴気から発生するが、魔王の眷属ではなく本来の野生に近い存在だ。

 ゆえに魔王の命令に従って動くわけではないが、領土や魔物の力の維持には必要な存在でもある。


 そのヌシが殺され、森から魔性が失われて本来の姿に還っているという報告があり、偵察を出したところ……。


「赤い、剣士が……!」

「ふん、その事か」


 魔王は玉座で頬杖をついて、足を組んだ。


「捨て置け」

「は?」


 思わず副官が顔を上げると、魔王は気怠げな様子で、不敵に笑っていた。


「気配は我感じている。が、幾ら雑魚を潰されたところで、今の我にとっては既に無意味。……邪神の力を得た我にはな」


 くくく、と低く笑う魔王に、報告に来た魔物は強い違和感を覚えた。

 元々、冷酷な気質のある方ではあったが、これほど退廃的な雰囲気を纏っていただろうか。


 少なくとも勇者が現れた時には、もっと危機感を抱いており、全力で応戦する構えを見せていたのに。


「勇者が悪あがきで喚び出した、異空の存在……どれほどのものかは知らぬが、我の敵ではない」


 魔王の瞳が、赤く光る。

 その目に見つめられると、副官は、頭の中に急速に靄が掛かるように、思考が曖昧になるのを感じた。

 

 ーーーこれ、は。


『侵入したら、排除せよ。最後の一兵になろうとも挑みかかれ』

『……は』


 もはや言葉の意味すら解せぬまま、魔王の言葉通りに、副官は頭を垂れた。


※※※


「ハッハァー!」


 ヌシ狩りを始めたオメガの勢いは、留まるところを知らなかった。


 武器は、右手の光刃の剣、ただ一本。


 ひたすらにヌシを見つけては狩り倒すオメガに、崖の上からその光景を眺めていたエルフ軍一同は、もう驚きもしなかった。


 ちなみに魔王の居城があるこの地のヌシは、例外なくバハムートやベヒーモス級である。

 勇者パーティーですら、抗するにはそれぞれに連携を取らなければならなかったのに。


「肉肉肉肉ゥウウウウウッッ!!」


 遠くから響く高揚した声と共に、またオメガが、眼下の森から崖すらはるかに超えた上空に跳ねる。


 豆粒のようなその姿が、瘴気の濃い場所の中心に舞い降りると、即座に戦闘が始まり、すぐに終わる。


 魔性の森は、もうほぼ大半が浄化され始めていた。

 

「……異空の勇者。奴は、一体何者ですか?」


 どこか遠い目で問い掛けるカルミナに、アーレンハイトは首を横に振る。


「私にも分かりません。ですが、あの強さなら……」

「ええ。勇者をも遥かに超えるあの力であれば、魔王など、一蹴出来るかも、知れませんね……」


 歯切れの悪いカルミナが何を考えているのか、アーレンハイトは察していた。


「〝彼〟を倒されることに、思うところがありますか?」

「ない、と言えば嘘になりますね。ですがそれは、あの愚か者が倒されることに対してではなく……勇者でも、私でもなく、あの異空から現れた存在によって倒されることに対して、です」


 魔王シャルダークは、元はダークエルフだった。


 力を求め、禁断の呪術に手を染め、魔王と化したのだ。

 対魔王戦の最前線に人族軍ではなくエルフ族が立っているのは、そうした事情があったからだった。


 カルミナは、シャルダークの幼なじみらしい。


 ゆえにこそ、魔王打倒にかける熱意は生半可なものではなく、若くしてエルフ軍の将として認められたのも、誰よりも修練を重ねて強くなったからだ。


 それでも、勇者パーティーには届かなかったが……その勇者パーティーすら、遥かに超えて行くオメガの存在に。


「力の足りない我が身が、歯痒いと感じます。それに奴の力は、あまりにも強大すぎる。……奴自身が新たな脅威となる可能性も、否定しきれないと感じています」


 カルミナは、そう呟いて押し黙った。


 アーレンハイトには、魔王打倒に関して、カルミナほどの強い個人的な思い入れはない。


 魔王がより力を得るために、光の巫女である自分の身が狙われた。

 そして、世界を救う大義に殉じ、勇者の手助けをするために前線に立った。


 ーーーオメガ様。


 勇者がしいされる前に願い、応えて現れた彼が、どう考えても異質な存在であることは、アーレンハイトにも分かっていたが。


 ーーーあの方が、脅威となるとは、わたくしには思えません。


 ただの直感に過ぎないが、オメガは勇者同様、力を持つ者の在り様を心得た存在と感じられた。


 口には出さないまま、森が浄化されて行くのを眺めて、数時間。


「さてさて、これで飯と、ちっと安全になった森を確保した訳だが」

「はい」


 魔の森は、ヌシの駆逐によってただの森に戻り。

 アーレンハイトたちの目の前には、オメガの謎の力によって保存食と化したヌシらの肉がうず高く積まれていた。


「魔王を倒す前に、ご馳走にありつこう!」


 オメガの言葉に、エルフ軍は歓声を上げた。


 二日続けて旨い肉を食し、少量ながら酒まで振る舞われたエルフ軍の面々は、カルミナの想いとは裏腹に、先日とは士気の高さが雲泥の差になっていた。

 

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