この肉美味ぇ!

 

「うぉぉ……美味ぇ なんだこれ!?」


 ベヒーモスの肉を口にして、オメガは感嘆の声を上げた。


 程よく差しの入った見た目も美味しそうなステーキ肉。

 実際に食んでみれば唇で切れる程に柔らかく、舌に乗せれば溶けるように姿を消して、甘い旨味が口の中一杯に広がる。


 その様子を見て、エルフ軍で肉を振る舞われた者たちは顔を見合わせ、誰ともなく肉を口にした。

 アーレンハイトも、少しだけ食んで目を見開く。


「あぁ……!」

「な、美味ぇだろ!?」


 まるで脳髄に塗りつけられたような美味の快楽である。


 アーレンハイトが思わず漏らした色気のある吐息に、別の意味で脳をやられるエルフの男たちに気付かず、彼女はもう一口を口元に運ぶ。


 気付けば彼女の手にしていた肉は、あっという間になくなっていた。


「アーレンハイト! この肉も良いが、トカゲ肉もヤベーぞ!」


 一足先にベヒ肉を食べ終わったオメガは、自前の鉄串に刺したバハムート肉を噛みながら、別の串をアーレンハイトに差し出した。


 分厚いバハムート肉は焼き鳥のようで、こちらは弾力がある。

 しかし噛み切れば、しっかりとした肉汁と歯ごたえだけを残してベヒ肉と同じように口の中に溶ける。


 アブラがさっぱりしている為、口の中がベトつく事もない最上の肉だ。


 絶望的な脅威の襲来から一転、一ヶ月振りの美味しい食料を口にしたエルフ軍は明るい雰囲気に包まれていた。


 その様子を見て、オメガは満足感を感じてうなずく。


 ーーーやっぱ、笑顔ってのは良いもんだな!


 まして、久しぶりの人間……厳密にはオメガのデータに登録された生体波動とは違う存在だが……との触れ合いである。

 あまりの嬉しさに少しはしゃぎながら、今食した肉に思いを馳せた。


「だけど、まだちょっと獣臭いよなー。やっぱ手抜きは良くねーな」


 熟成もしていない、即席の焼き鳥とステーキ肉である。


「ちょっと熟成して、料理酒につけてフライパンで焼くか。塩と胡椒も欲しいところだ。なぁアーレンハイト、そーゆーのは持ってねーの?」

「胡椒は高級品ですから……お酒はありますが、あまり量は……使ってしまうと、飲む分がなくなって今後の行軍や士気に関わります。調理器具はお鍋しかありません」


 しょんぼりした様子のアーレンハイトに『気にすんな』と言葉をかけてから、オメガは考える。


「一応俺サマの胃袋は満たされたが、これでも満足には足りねーんだよな……仕方ねー、自前の分を出すか!」


 オメガは、亜空間収納から大きなタライを取り出して、まだ焼いていないバハムートの塊肉を放りこんだ。

 そして純度の高いみりんを、その中に注ぎ込む。


 ついでに醤油とすり下ろし生姜を合わせて完成だ。

 それを、これまた取り出した霊子力で無限稼働する冷蔵庫の中に放り込む。


「これで一晩つけとこう。ついでに余った他の塊で燻製も作るかなー」

「あの、オメガ様?」

「何だ?」


 アーレンハイトが、おそるおそるといった様子で聞いてくるのに、オメガは首を傾げる。


「その、黒い液体の入った透明な容器は?」

「ペットボトルだけど」

「その柔らかそうな筒と、出てきたものは一体?」

「すり下ろし生姜のチューブだな。酒と合わせて臭みが抜けるんだよ」

「その謎の箱は……?」

「これ? 冷蔵庫だけど。出してないけど燻製機もあるぜ?」

「冷蔵庫、とは?」

「物を冷やす箱の事だよ」


 言いながらオメガは鉄串を使い、酒に漬けたのとは別の肉を手際よく均等に刺して行く。

 こちらも自前の塩を塗り込んでビニール袋に入れて密閉し、冷蔵庫にぽいっと放りこんで亜空間に収納した。


「これでよし」

「……あの、冷蔵庫はどこに?」

「仕舞った」


 パンパン、と手をはたきながらオメガが答えると、『一体、どこに……?』とアーレンハイトが呆然としている。

 この世界にはそうした類のものはないらしい。


 ーーー作れるなら作ってやるか。


 亜空間収納や冷蔵庫の技術は、そう大したものでもない。

 そんな風に思っていると、アーレンハイトは別の疑問を投げかけてきた。


「オメガ様。これから、どうなさるのですか?」

「え? 魔王を倒しに行くけど」


 そう答えて、ふとオメガは気になったことを口にした。


「お前らって、そういや何で魔王倒そうとしてんだっけ? さっき話そうとしてなかったか?」


 それを倒すと救うことになる、と聞いて二つ返事をしたが、そう言えば詳しい事情は結局聞いていない。


 アーレンハイトは、オメガの言葉にうなずいて話し始めた。


 聞くところによると。


 エルフの森の近くに魔王が現れてから、日が出ている事が少なくなり周囲の人の国で作物が不作になった。


 さらに森にも魔物が現れて、エルフの狩れる獲物も極端に少なくなった。

 さらに完全に魔物に支配された森は、方向を狂わせる魔の森と化したという。


「魔の森には『主(ヌシ)』と呼ばれる魔物が現れます。それを倒すと瘴気が晴れ、再び生き物の住める場所になるのですが……」

「ほう、ヌシ」


 それも美味いのだろうか、と考えつつ、アーレンハイトの話の続きを聞く。


「先ほどのバハムートたちも、おそらくはヌシです」

「そういや、周りに立ち込めてた黒い霧が晴れてんな」

「例えるのなら、魔族全体のヌシが魔王であり、現状を憂いて根本から解決するために立ち上がったのが、人族の勇者様です。……私は、父王が魔王の配下に私を献上するように迫られていたところを、助けられました」


 アーレンハイトは強い精霊力を有しているらしい。

 世界の根源たるその力は、人と魔族、どちらもに利がある力なのだという。


 ーーーアーレンハイトは、霊子力の扱いに長けてるってことか。


 世界の根幹を成す力と言われれば、オメガの世界でも解明されているそれしかないだろう。


 多分並行世界に類するのだろう、この異世界に自分を導いたことを考え合わせても納得のいく話ではあった。

 アーレンハイトは、またしても憂いに目を伏せる。

 

「魔王の存在そのものが、世界の均衡が崩れている要因なのです。魔王を討伐すれば、また平穏に……時間はかかるかも知れませんが」

「おし、話は分かった。まぁお前らは厳密には人間じゃねーけど、お前を助ける事が人も助ける事になるみたいだし、この世界が俺サマの力を必要とするなら、俺サマがその魔王とやらを滅してやろう!」

「出来る、と思われますか?」

「俺サマは無敵のゼロ・イクス様だ。任せておけば全て解決だ! 魔王も美味い飯にしてやるぜ!」


 ふふん、とオメガが胸をそらして見せると、アーレンハイトは少し和んだように微笑んだ。


「信じます」

「おう! 信じろ! ……が、その前に、だ」

「?」


 オメガは、ニヤリと笑みの種類を変えて、そう続ける。


 やるべき事を思いついたのだ。

 アーレンハイトは、こちらが何を考えているのか分からない様子で、首をかしげた。

 

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