道がない?
「……なんか、道なくね?」
「おかしいな……本来なら竜車が通れる道のはずなのだが」
山道の半ばほどから、徐々に道が狭くなり、ついにドラゴンが通るのにギリギリの幅になってしまった辺りでオメガが告げると、カルミナも違和感を感じたようだった。
「本来の道を、草木が侵食したようだな」
「人が通ってねーってことか?」
山は自然の領域である。
人が頻繁に通る道は、踏み固められたり出てきた草木を通る者が刈るために、道幅が維持されているのだ。
元々オメガがいた世界でも、直ぐ近くに木があり整備されていないと木の根が生え出して、アスファルトをめくり上げてしまっているような光景はよく目にしていた。
「誰も通ってない感じはねーけどな」
土の状態を見てオメガが首を傾げていると、カルミナが周りを見回しながら応えた。
「木の精霊がずいぶんと騒がしいようだ。これは、誰かが自然を活性化させているようだな」
「どういうこった?」
精霊、というのが何なのかが、オメガには分からなかった。
「樹木や草花の育つ速度が異常に速くなっているようだ。本来木の精霊は大人しい。それが大火に群がる火の精霊ほどに騒ぎ立てている。マトモではない」
「ふーん」
言われて、オメガは周りの状況をスキャンすると、たしかに霊子消費量が増大していた。
地面に満ちたそれを吸い上げて、樹木が自らのものに変換しているようだ。
「……これ、育ち過ぎたら土地が痩せて枯れるんじゃね?」
樹木が山に貯められた水を支えて土砂崩れなどを防ぐのは知られた話で、季節によって枯れ落ちる葉の栄養が地面に染みて、それがまた新たな栄養になるのもまた同様だ。
その霊子サイクルの中で、樹木の成長だけが早まるというのは、その状態が崩れることを意味する。
供給源が枯渇するのだ。
「それは正しい話だ」
「では、光の精霊を介して語りかけ、鎮めましょうか」
竜車から降りてきたアーレンハイトがそう口を挟むのに、オメガは問い返した。
「ある程度は可能かと」
「アーレンハイト様は、光の巫女だ。世界で唯一、光の精霊と交感出来る方であるが故に、魔王に狙われた」
言う間に、アーレンハイトの体がポウ、と淡く輝き、その波が周りに広がっていく。
霊子力に類するものであることはオメガにも察知出来たが、その働きかけのプロセスは知っているものと少し違うようだった。
「落ち着いたな……どういう理屈なんだ?」
霊子力そのものに、オメガの認識では意思はないはずだ。
非実体の何かーーーAIネットワークのようなものが、この世界の自然の中には存在するのかもしれない。
「これで少しはまともな状況になったはずです」
発光を終えたアーレンハイトが目を開き、オメガはその言葉に対して頭を掻いた。
「まぁ、それでも竜車は通れるようにはならねーけどな。とりあえず切り拓いて、ドラゴンだけでも通れるようにするか」
山道は、ドラゴンや馬はともかく、車輪で通れるほどに平らにするには、オメガの力は強過ぎた。
そんな威力を出せば、周りの木々どころか、山ごと削り取ってしまう。
なので、オメガはとりあえず亜空間に竜車や荷運び車などの生命体以外のものを仕舞う。
「本当に意味が分からないが……そのまま奪って消えるなよ?」
「俺サマは人の害になるようなことはしねーよ!」
「あれだけ木の精霊が活性化していたということは、瘴気由来でない魔物の成長も影響を受けているかもしれません。慎重に進みましょう」
カルミナの疑わしい口調にオメガが言い返す間に、アーレンハイトが真剣な顔で告げる。
それを聞いて、オメガはピンと来た。
「魔物が活性化してるってことは、豊作の気配がするな! んじゃ、変わっとくか。ーーー
オメガは軽装鎧のイクス・ブレイドの姿に変わると、光刃の剣である程度草木を切り払いながら、ワクワクと進み始めた。
※※※
山道は案の定と言うべきか、アーレンハイトの危惧した通り、わらわらと大量の魔物が現れた。
が、ぞろぞろと並んで歩くエルフ軍の先頭に立つのは、オメガである。
最初に出会った魔物は、茶色の甲冑に似た強固な外殻を持つ、巨大なアリのような魔物だった。
道の真ん中にドン! と人小山のような蟻塚が立っている。
「グランドアントです!」
アーレンハイトが知るよりも、巨大な……本来なら人の腕くらいの大きさであるはずのそれが、子どもくらいの大きさでうじゃうじゃといる。
元々魔物の中でも危険な部類に指定されるモノがさらに巨大化しているのに、流石に背筋が冷えるような危機感を覚えるが。
しかし、ギラリと一斉にこちらを注目する、一匹でも大岩を持ち上げるほどの力を持つグランドアントたちに、むしろオメガは目を輝かせた。
「アリミツは旨い。奴等は尻尾だけ回収しよう……
オメガの呟きと共に、彼の軽装鎧の色が緑に変わり、肩の装甲が消えて変わりに右目の位置に、ゴツい
「イクス・バスター!! 行くぜアリンコども!!」
そして〝
襲いかかってきたグランドアントたちに、彼は光の遠隔魔法に似た小さな球体を驚異の速度で連射する。
魔導強化された剣でも苦労するグランドアントの外殻を撃ち抜き、上半身だけを正確に吹き飛ばしていく様は、まさに一方的な殺戮だった。
「相変わらずむちゃくちゃだな……」
「コイツら、女王を潰しときゃ残りは勝手に減るのか?」
もうその戦闘力にうんざりするのも飽きたらしいカルミナが、
「グランドアントは、確か巣を残していると別の個体が女王になるかと」
「じゃ、巣ごと潰す!! 蟻塚の中に幼虫がいるな!? ハチノコみたいな食い方が出来るはずだ!!」
そう言って、グランドアントを撃ち抜く側から、残った尾が消えていく。
どうやらオメガが、亜空間とやらにどうやってか収納して行っているらしい。
ウキウキとアリたちを殲滅して、蟻塚の入り口を崩して中に入ったオメガは、数分で蟻塚の天井を崩壊させて戻ってきた。
「始末完了だ!! 今度、パンにつけて食おうぜ!!」
それからも、オメガの快進撃は続いた。
「ファイヤーヒュドラ!」
次の強敵は、湿地帯にいた。
出遭ったのは青く燃え盛る鱗を持つ、亜種のドラゴンである。
周囲の泥が蛇に触れるだけで煙を上げて靄を作り出しているほどの高熱を放つそれは、人間一抱えはある短く太い胴体から、無数の細い蛇の体が生えてのたうつ奇怪な魔物だった。
「よし、蒲焼きにしたり、酒に漬けると美味そうだな! ブレイド・コネクト!」
オメガは、神速の動きで光の双剣を操り、ファイヤーヒュドラの首を全て跳ねる。
蛇の開きになった状態で宙を舞う首が、落ちる途中で亜空間に収納されて消えていった。
「しかしこの山、ゲテモノばっかりだな」
「元々魔物自体がゲテモノですよ。それに比率は高いですが、そうした魔物ばかりでもなかったかと」
「そーかな?」
強弱無数の魔物を狩りあげたオメガが満足そうながらも首を傾げるが、次の魔物でアーレンハイトの言葉は証明された。
頂上近くの崖道に出たウィンドガルーダという鳥に似た魔物や、沼の岩場に棲むアクアシェルという貝に似た群れなど、それなりに食物に似た魔物も狩れたのだ。
「いやー、豊作だなぁ!!」
オメガが満足そうにうなずくのに、アーレンハイトは微笑ましさを感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます