俺サマこそが、救われたんだ。
「人を滅ぼしたことがある俺サマは、きっと、お前らからすると邪悪な存在だ! それは、何も間違ってなねぇ!」
オメガの言葉に、幾つもの罵声が返る。
しかし、それを感じることは、喜びだった。
ーーーここは、人が生きる世界だ。
憎悪も、怨嗟も、恐怖も。
愛情も、歓喜も、幸福も。
生きているからこそ生まれるもの、なのだから。
オメガは、さらに声を張り上げる。
「だが俺サマは、憎しみや恨みでそれを成したわけじゃねぇ! ーーー滅ぼす事、それが向こうの世界で〝人を救う〟事だったからだ!!」
そう口にしたオメガは、後悔はしていなかった。
しかし、哀しみが胸を吹き抜けるのを感じていた。
ーーー死による救済。
カルミナがそれを口にした時、オメガは拒んだ。
後悔はしていないが……二度とあんな思いをするのは、嫌だったからだ。
自分が壊れるよりもなお、それは許し難いことだった。
「向こうの世界に在った人間たちの、種としての寿命……それが、俺サマの……俺サマと共に、《救済機甲》だった
種の寿命に対して、オメガたちは戦った。
極度に発達した文明と、それに比例するように、子どもが生まれなくなった人類。
オメガたちは、生きている人類を保全する為に、ありとあらゆる手段を尽くした。
「過剰な延命措置に、人体強化措置。不老に近い健康体の人間も、逆に生命維持水槽から出れない人間も居た! 俺サマたちを作り出したマスターも、そんな人間の一人だった!」
彼はオメガを生み出した存在だった。
そして同時に、人類をどうにか生き延びさせようと苦心し、数々の発明をした人物だった。
しかし、どれほど手を尽くしても、改善しない状況に……彼はやがて、疲れてしまっていた。
それをオメガは、ずっと、間近で見つめ続けてきたのだ。
「俺サマたちヒューマニクスは、生きる気力を失っているマスター達を喜ばせようと、それぞれに手段を模索した!」
オメガにとって、それは食だった。
人間同様に他の生命も衰え、人間は完全栄養食と呼ばれる丸薬により栄養を摂取するようになっていた。
しかし、料理というものが人を喜ばせることを記録で知り、オメガは、生き残った僅かな生き物、植物達を育てた。
そして残っている限りの、古今東西のありとあらゆる調理法を古代の資料から学び、育てたそれらを調理した。
「マスター達は、俺サマの作る料理を喜んでくれた! 万能栄養食とは違う、味覚によって笑顔を取り戻させる食事を、俺サマは作り続けた! 美味い飯は、マスター達に少しだけ生きる気力を取り戻させることが出来た! ……だが!」
いくら美味しい食事でも、百年も食べれば残り少ない種類の生命達を使った料理では、あらゆる食し方を試すにも限度があったのだ。
食事は人間たちの心の慰めにはならなくなり、その間も子どもは生まれなかった。
そうしてオメガの心は、少しずつ絶望へと傾いていた。
美味しい料理を作れば、笑顔になってくれていたマスター達は、やがて、食事にも飽きて、食べてくれなくなった。
共に食事をする事を、その笑顔を見る喜びを、オメガはこの世界に来るまで、久しく忘れていたのだ。
自分の料理に笑顔を浮かべなくなった人々を、手をつけられずに冷める料理を前に、どれほど悩んだかしれない。
「どれだけ美味い料理を作っても、彼らの心には届かなくなっていた! 俺サマはそれが寂しかった! そしてやがて、人間達は俺サマや仲間に言った。ーーー『殺してくれ』と!」
オメガは絶叫した。
自分にとって、それは何よりも聞きたくない言葉だった。
「オメガ様……」
後ろから、アーレンハイトの涙声が聞こえる。
ーーー泣くのか。
彼女が何を思って泣いたのか、オメガには分からないが……悲しみは、全ての感情の中で一番嫌いだった。
怒りも、喜びも、楽しみも人の心を生かすが、悲しみは人の心を殺すだけだから。
だからオメガは、話を続ける。
アーレンハイトは、泣く必要などないのだ。
この話には、まだ続きがあるのだから。
「生きる事に飽いて、もう死にたいんだと。マスターも俺サマに言った! 『君にそんな悲しそうな顔をさせる我々はもう、滅ぶべきだ』と! マスターにそんな事を言わせる料理しか作れない自分自身が、俺サマは悲しかった!」
だがもう、オメガにはそれ以上に美味い料理は作れず、オメガは苦悩し続けた。
「だが俺サマは、ある日思った。ーーー彼らの心を救えないのなら、生かす事はただ苦しめているだけ……それは救済じゃないんじゃないか、と!」
そうこぼした彼の気持ちを、仲間のヒューマニクスたちは、理解してはくれなかった。
対話を重ねても賛同を得られず、しかし無限の苦しみに喘ぐ人々をそのまま放置する事も、それが救済でないというのなら、オメガには許容する事が出来なかった。
思い余ってマスターに相談すると、マスターはこう言った。
『人の悲しみを理解出来るオメガは、我々と同様の魂を持っているね』、と。
『君自身の魂に従うといい』……マスターはそう微笑んだ。
彼だけは、最後まで、殺してくれとは、言わなかった。
ただ、そんな彼が誰よりも死を望んでいることを、オメガは感じてしまっていた。
「だから俺サマは、一人で人類を救済する決意を固めた! まず、人を、それでも人を守ろうとする仲間たちを壊した。あいつらは破壊される時に、揃って俺サマを、
それがオメガの、二つ名の由来。
その名は、オメガの罪の名であり、同時に、誇りだった。
「人間達は、憎悪するヒューマニクスたちと違い、俺サマに『ありがとう』と言って、安らかな顔で死んでいった!! ーーーだが、そんな救いは虚しかった!」
オメガは、テラスの手すりに手をついた。
己の罪の吐露を、人々に向かってする行為は、重い。
それでもオメガは、やらなければならなかった。
伝えなければ、伝えたい想いは伝わらないのだから。
オメガは身を起こすと、空を見上げ、祈るように両手を掲げた。
「一人になって、俺サマは求めた! ―――この俺サマの力で、料理で『生きたい』と願う者たちを救える、そんな世界を! オレ様の食事を美味いと言って、名前を呼んで、懸命に生きようとする人々が住まう世界を!! 長く、長く望んでいた!!」
食事であり、友でもある僅かな動植物達と共に滅びた世界をさまよっていた、そんなオメガの前に、ある日、輝く扉が降りてきたのだ。
「その扉の向こうから、俺サマに声を掛けたのがーーー勇者アヒムだった!」
扉の向こうから聞こえた声は、必死に生きた彼の、最後の請願。
『 私の命を捧げてここに願う。絶対の断絶を踏み越え、我が同胞を救いたまえーーー異空の勇者よ』
救う。
生きたいと願う者を。
それはオメガが、何よりも求めていたもの。
「そして俺サマはこの世界へと降り立った! 救いを求める、勇者アヒムと、生きたいと願う人々の存在に!」
彼の言葉を受けて、オメガが感じた気持ちは、きっと、誰にも分からないだろう。
天に掲げた両手を下ろし、大きく両脇に広げて。
まるで世界の全てに祝福されているかのような喜びと共に、笑顔を浮かべたオメガは、それまで以上の声量で。
世界の果てまで届けとばかりに、吼えた。
「ーーー俺サマこそが、救われたんだァ!!」
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