俺サマは、創造主たる人類を、滅ぼした存在だァ!

 

 ーーー時は、少し遡る。


 夜明けと同時に行動を開始する城下町の外壁の上に、突如薄く暗雲が出現した。

 

 暗雲は静かに広がっていき、その中心に一人の男が姿を現わす。

 ダークエルフのような姿に退廃的な美貌を備え、捻れたツノを生やすそれは、魔王と呼ばれた男の姿だった。


 空中に在る彼に群衆が気付き、そちらに意識を向けると、発された〝虚無の力〟により群衆に埋め込んだ『種』が反応した。


 恐怖の感情が広がっていくのを愉しみながら、『それ』は口を開く。


「我が名はシャルダーク。『我を倒した』などと言う欺瞞ぎまんをほざいた異空の勇者を匿う者は、皆殺しだ」


 轟くような声音に対して、国民が恐慌に陥りかけたところで、さらなる声が上がる。


「見よ、民衆よ!」


 それは、シャルダークとは別の声。

 民衆が目を向けると、教会の時計塔の上で剣を抜いて魔王の姿を見据える彼は、かつて彼らが出立を見送った希望の光。


「勇者様……」

「アヒム様だ!」

「生きておられたのか……!」


 民衆が喜びを顔に浮かべると、シャルダークはアヒムの姿をした者に顔を向けた。


「勇者か。我と戦う前に、異空の勇者を名乗る者に殺されたと思っていたが」

「そう易々とやられる私ではない。シャルダークよ、民衆に手を出す事は許さぬ!」

「よかろう、勇者よ。我とて無用な争いを良しとはせぬ。我を侮辱した異空の勇者、オメガを差し出すが良い。さすれば、国民の命は奪わぬと約束しよう」

「その言を、簡単に信じられると思うか?」

「我とそなたが争えば、この場にいる者達を巻き込む事となる。それは勇者の行いとは言えぬだろう?」


 アヒムは、苦渋の色を顔に浮かべた。

 真相を知る者が見れば、茶番にも程があるそのやり取りを、疑う者はこの場にはいない。


「良いだろう。……民衆よ! 栄光を欲し、私に害を為し、魔王をこの地に連れて来た忌むべき者は、今、王城に在る! その報いを、受けさせるのだ!」


 なぜその場で、魔王を倒さないのか。

 民衆からは、そんな疑問を抱く意思はすでに奪われている。


「オメガ……」

「異空の勇者……!」

「裏切り者、オメガを引きずり出せ!」


 勇者の民衆たちは、扇動にあっさりと騙されて動き始めた。


 一路、王城へと。


 ーーーさぁ、異空の勇者よ。人を殺せぬ貴様が、どうするか見ものだな。


 シャルダークとアヒムの肉体を操る邪神は、薄くわらった。


※※※


 外には暴徒と化した民衆が迫っているというのに、オメガは相変わらず呑気だった。

 プルンプルンで青いという事は、これはかの最弱の魔物の成れの果てなのだろう。


 アーレンハイトが差し出されたグラスを受け取ると、カルミナがオ眉根を寄せる。


「デザートなど食ってる場合か!?」

「腹が減ってたら戦えねーって言うだろ。胃にも優しいぞ!」


 カルミナにも無理やりグラスを押し付けたオメガは、呆気に取られている一同にもそれを配っていく。


「いいから食え! ほらほら!」


 エーデルが一番最初に口をつけたのを見て、アーレンハイトも食べてみると、感じた事のない刺激のある、ひんやりとしたデザートだった。


 ピリピリとした刺激は奇妙に感じたが、味はいい。

 魔物というのは、強ければ美味しいというものでもないようだった。


「美味しいですね」

「そうだろ!」


 こんな時なのに口元を綻ばせたアーレンハイトに、オメガはいつもの笑みでうんうんと頷いた。

 どことなく和やかになってしまった空気の中、彼は満足そうに腕組みをする。


「うん、やっぱり人間ってのは笑顔じゃないとな!」


 言って、オメガは入り口に向かった。


「さて、そしたら今度は、操られてる人間達を正気に戻さねーとな! なぁ、王。俺サマはテラスに出るぜ」

「どうするつもりだ?」

「押しかけてる連中を正気に戻してやらねーとな! どうせ邪神とか言うのに操られてんだろ?」


 オメガが笑顔で親指を立てると、王は頷いた。


「貴殿の望むようにせよ。異空の者、オメガ。そなたはアヒム同様に、強く気高き勇者であると、そう感じる」

「俺サマはただのヒューマニクスだ。人間に尊敬されるほどご大層なモンじゃねーよ」


 テラスへと向かうオメガに、アーレンハイトは、カルミナと共についていく。


「どうなさるおつもりですか?」

「ただシャルダークとアヒムの偽物を殺したって、人間達に植え付けられた虚無は消えねぇ。それに、いっぱい集まってるんなら、言いたい事があるんだよ」

「言いたい事だと?」

「大した事じゃねーけどな。聞きたきゃ聞いとけ」


 どこか嬉しそうなオメガがテラスに出ると、人々が一斉に、オメガへの怒りを口にし、呪詛の歓声となって辺りを包む。


『魔王の手先め!』

『死ね、勇者を殺そうとした邪悪な者め!』


 それを涼しい顔で聞き流し、オメガは声を張り上げた。


「聴け、俺サマを邪悪と呼ぶ者たちよ! お前たちは正しい! だが! 俺サマは、ようやく巡り会えた人類であるお前らに! 言いたいことがある!!」


 その声は、暗い憎悪を一心に受けてなお、暗雲に包まれた中に明るく響いた。


「俺サマは《救済機甲》ゼロ・イクス! 人を救う使命を、勇者より継ぎし者だ! そしてかつて異空で、人類の守護者だった者だ!」


 民衆からさらなる憎悪と反発が返るが、オメガは気にせず話を続けた。

 そしてアーレンハイトは、彼が発した次の言葉に、衝撃を受ける。




「ーーーそして同時に、俺サマは、創造主たる人類を、滅ぼした存在だァ!」



 

 滅ぼした。

 その言葉に、アーレンハイトは息を呑む。


「どういう事だ……?」


 カルミナも、呻くように呟いた。

 しかしその言葉に、アーレンハイトは答えを持たない。


 唯一、それを知るオメガは。

 

 堂々と、目の前の人々に向き合って、背を伸ばしていた。

 

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