喉越し爽やかな炭酸入りっぽい感じで、めちゃくちゃ美味いから、お前らにも分けてやろうと思ってな!

 

 魔王の死体がない、という王からの伝言があったのは、翌朝の事だった。


 ーーーやっぱりな。


 オメガは冷静にそう受け止めたが、アーレンハイトが動揺した様子で王に進言する。


「そんな馬鹿な事はありえません、今一度、千里眼の秘術を!」

「三度、見させた。 間違いはない」


 王は、厳しい表情をしていた。

 シャルダークの死体がない、と聞いて、カルミナも、もどかしそうな顔をしていたが彼女は口を開かない。


「その論理で行くと、俺サマたちは魔王側の人間で、アヒムは真実を告げてたことになるが。俺サマたちが呼ばれて、アイツがいねー理由は?」


 オメガが問いかけると、王は沈黙した後にボソリと答える。


「……姿が見えぬ」

「だろうな」


 オメガは肩をすくめた。

 エーデルは、王の後ろで戸惑ったような顔をしている。


「怪しい俺サマたちが逃げず、アヒムが見えない。その理由は何だと思う?」

「さてな」

「奴の動きも見張ってたんじゃなかったのか?」


 昨夜オメガ自身も部屋を出てエーデルに会いに行ったのだが、それは黙ったまましれっと問いかける。


 魔物の眷属である、とされた筈のこちらが、再度王の前に立つ事を許可されたのは、その為だろう。

 

 王側にも、どういう状況なのか分からなくなっているのだ。

 しかし、彼らはアヒムを疑うことを、おそらくは奴の術によって制限されている。


 案の定。


「貴殿らが、彼の失踪に関与しているのでは?」

「なら、俺サマたちを目の前に来させたのは悪手じゃねーか?」


 行動が支離滅裂だ。

 しかし多分、王自身は指摘されてもそのことに気づけていないだろう。


「死体がねぇ、ってことは、ありえない。俺サマの映像記録には殺した瞬間がハッキリと映ってるしな。まぁ、そいつは別に良いんだが……」


 と、オメガが続きの推測を口にしかけたところで、一人の兵が飛び込んでくる。


「何事だ!」

「も、申し上げます! お、王都の上空に暗雲が立ち込め、民衆が、中庭になだれ込んでいます!」


 膝をついた兵の報告に、王は目を見開いて立ち上がった。


「何だと!? 何が理由だ!?」

「み、民衆は一様に……『勇者を騙るオメガを出せ』と……!」

「ーーー先に仕掛けて来やがったな」


 十中八九、アヒムの仕業だろう。

 そもそも王都の者たちがオメガを疑ったとしても、動きが早すぎる。


「そんな……」


 アーレンハイトの顔から血の気が引いて、声が震えている。


 窓の外に見える空は、日の光を遮り始めた暗雲が厚くなり、急速に暗くなっていっている。

 やがて、雨のない遠雷が響き始めたところで、カルミナがいきなり怒鳴り始めた。


「何を呑気にしている!? アヒムが民衆を扇動して、王城に入り込んだんだぞ!? その上シャルダークまで現れた! 始末したのではなかったのか!?」

「……お前、何言ってんだ?」


 オメガは、さすがに呆れた。


「お前らくらいは、ちょっとしっかりしろよ。お前、その後にシャルダークを見たんだろ? 始末はしたが、生き返った。そういう話だっただろうが」

「は?」


 カルミナがきょとんとするのを見て、オメガは〝虚無の力〟の影響が強まっているのだろう、と理解する。


 とりあえず、この場の者たちくらいは正気に戻しておかなければならない。


「そして俺サマは、あのアヒムもシャルダークも、本人じゃねーことを知ってる。どっちも偽物だ」

「なぜそんなことが言える!?」

「知ってるからだよ。お前らは全員、あのアヒムとシャルダークを〝認識〟は出来るが、魂の理解を阻害されてる状態にある。今、それを解除してやるよ」


 オメガは大きく手を広げて、アヒムの魂に呼びかけつつ霊子力を解放する。


「ーーースキル・アヒム! 〝バタフラムブレス〟!」


 全身から燐光が放たれ、謁見の間全体に広がっていく。


 その場にいる者たちの心から、砂粒のような何かが弾ける手応えを覚えた瞬間、全員が幻想から醒めたようにハッとした表情を浮かべた。


「これは……」

「何か……なぜ私は、シャルダークと会ったことを忘れていた……?」


 王も、きつく眉根を寄せて頭を振っている。


「何だ……? 儂はなぜ、あのような態度を取るアヒムを信用していた……?」

「お父様。オメガ様は、嘘を述べておりません」


 昨日、一足先に洗脳を解いておいたエーデルが、父王に口添えをする。


「あのアヒム様は……偽物です」


 全員が正気に戻ったのを確認したオメガは、パン、と手を叩いた。


「お前らは、術者の都合の良いように物事を自ら改竄する技を使われていた。おそらく、俺サマの元の世界で時空改変レコードブレイク、と呼ばれていた技術を使ってな」


 それは記録上にしか存在しない霊子力的技能だが、アカシックレコードと呼ばれる世界のルールに介入することが可能な技術。


「アヒムや、バタフラムとの認識の擦り合わせでようやくはっきりしたんだが、俺サマの扱うこの力は、お前らが根源力と呼ぶもの。ーーーそして俺サマが霊子力エネルギーと呼ぶものだ」


 根本的には、使っているモノは同じなのだ。


「だからフィルターを持たない俺サマには精霊が見えなかったし、似たような力を使ってはいてもそれは精霊の力じゃなかった。アヒムの魂を得るまではな。精霊を見る、行使するという機能は、俺サマの世界では必要のない機能だったからだ」


 オメガはアーレンハイトらにもなるべく理解しやすい言葉を言葉を使って、今起こっている事を説明した。


 この世界は、無限の根源力を、精霊というフィルターを通して世界の在り方へと還元している世界だ、と昨夜エーデルと会った後に対話したバタフラムは言った。


『我々は、神ではありません。太古の昔、勇者と魔王と呼ばれた存在です。そして、世界の崩壊を防ぐために手を組み、私は自らの力を抑える選択を、ドラグォラは眠り続けることを選択したのです』


 勇者と魔王は世界に根源力を一定に保つ装置であり、シャルダークが魔王の力を望むまで、そしてあのマッドサイエンティストがドラグォラを目覚めさせるまで、それは上手くいっていたのだと。


『世界の均衡を保つ為、私はアヒムに力を分け与えました。そうして生まれた世界の綻びを、そして異空召喚の力を、世界の外に在るモノ……邪神に、付け込まれたのです』


 それが今、アヒムとシャルダークの肉体を操っているモノであり。

 オメガと共に、この世界に現れたモノの正体だった。


「お前らが虚無って呼んでるのは、元々は根源力に根ざすものだ。そして根源力を使う者は、魂へと直接干渉できる。同じ根源力を扱う俺サマには技自体が通じなかったがな」


 その根源力による魂への干渉は、ほんの小さなものだ。


 シャルダークやアヒムを疑わないように、という暗示を込めた虚無のカケラを植え付けられていたのである。

 王も含めた全員が、根本的な部分で納得出来ないようにさせられていた。


 オメガの説明に、王が苦渋を浮かべた顔で口を開いた。


「……どうしても私にはそなたが邪悪であるとは思えなかったにも関わらず、アヒムを見逃してしまったのはそれが理由か」

「そんな……では、本当にアヒム様は……」


 正気を取り戻した王に、オメガはニヤっと笑ってみせた。


「民衆は俺サマがなんとかする。ま、その前に俺サマの新作を食えよ! これ、美味いからよ! 俺サマが民衆を説得するのを、それでも食いながら聞いてりゃいい」


 オメガは左の掌に銀盆を乗せて、その上に何十個もグラスを乗せたものを、亜空間収納から取り出す。


 中身は、昨夜エーデルに食べさせたのと同じものだった。


「昨日いっぱい作った! プルンプルンの寒天みたいなスライムを使ったゼリーだ! 喉越し爽やかな炭酸入りっぽい感じで、めちゃくちゃ美味いから、お前らにも分けてやろうと思ってな!」

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