あ、ほら、やっぱり美味くなかったっぽいぜ。
「えらく呑気ですなぁ、オメガ様は」
首を傾げるオメガに、呆れと感心が入り混じった口調で長老が言う。
因果応報とはいえ、アーレンハイトにとっては少々、悲惨と感じられる光景だったのだが。
「だってアイツ、なんかヤバそうなこと考えてたし、実際アレは、お前たちにとっては結構ヤバいだろ?」
「それは、確かにその通りですな……暴走しているようですし」
「で、アイツ何がしたかったんだ?」
改めて、紫の軽装鎧を纏ったオメガが長老に尋ねると、彼は自分の推測ですが、と前置きして口にする。
「恐らく、魔獣を操る魔術を込めた【操球】を使って、バイオリアとやらを操ろうとしておったのでしょうが、ホーワ如きが操るには、強大過ぎたのでしょう」
「まぁ、元は闇の精霊の力とか言ってたもんな。だからあの頭なのか……あ、ほら、やっぱり美味くなかったっぽいぜ」
オメガの言葉に、アーレンハイトがバイオリアに目を戻すと。
バイオリアがどことなく気持ち悪そうに口を蠢かして、べっ、と赤黒い何かを湖に向かって吐き出した。
「オメガ様……その、ホーワは……助けなくても良かったんですか……?」
人を救う使命を持つというオメガに問いかけると、彼は腕組みをしたまま、無表情に答えた。
「ーーーアレは、救済対象から外れてるからな」
「外れている……とは?」
「第一に、俺サマが救うべき『人類』と、エルフの連中はやっぱり違う。現状は準救済対象に指定しているが、それは俺サマがお前たちを『人類と指定するに足る知性と外見を持っているから』に過ぎない」
時折見せる、無機質にすら感じられるほど静かな顔に、アーレンハイトは違和感を覚えた。
「第二に、仮にホーワとかいうジジイが人だったところで、一緒だ。俺サマの救済条件には指定があり、『他の大多数に脅威』となると判断した場合は、仮に人類であっても救済対象からの除外が許容される」
そうしている時の彼は、まるで以前に人間の王国で目にした
個はなく、ただ覚えた言葉を、口から出しているだけのような。
「『人類全体』の救済は―――ありとあらゆる全てに、優先する」
「オメガ、様……?」
「ま、そんな事よりカルミナだ」
そのあまりにも強固な信念を秘めた言葉に、軽い畏れを感じながらアーレンハイトが問いかけると、オメガはすぐにいつもの笑顔に戻った。
「バイオリアは脅威として駆逐するが、カルミナが準救済対象なことに変わりはない。とりあえず、こっちに連れてこよう」
イクス・シールドは自分たちのいる崖の上から湖のほとりにいるカルミナの横へと一息に跳ぶと、彼女の体を抱えてこちらへ戻ってくる。
戻りぎわに、ツルがカルミナのいた場所をさらうように襲ったが、ツルの一撃は虚しく空を切った。
「く、離せオメガ! ホーワは死んだが、あの化け物は……!」
「落ち着けよ。お前が手を下さなくても、もう来たぜ」
「何!?」
オメガの言葉とともに、ズシン、と重い足音が地面を揺らす。
同時に、空が少し陰った。
それまで快晴で雲一つなかったというのに、暗雲がどこからか湧き出して、湖の真上以外の全てを覆っていく。
さらに音のした方に目を向けると、山と湖のあいだにある木々をバキバキと踏み砕きながら、バイオリアに劣らぬ……どころか、更なる巨体が姿を見せた。
《闇と破壊の精霊》ドラグォラ様だ。
大地の鳴動はしばらく続き、やがて湖のほとりに着いた、龍に似た姿の闇の精霊が、再び咆哮を上げる。
バイオリアも、それに応えるように雄叫びを上げた。
『グルォアァアアアアアーーー!!』
『ギャシャァアアアッッーーー!!』
そして、驚異の能力を持つ精霊と魔獣の、死闘が始まった。
ドラグォラ様は、巻きついてくるツルを力任せに千切り、地形すら変えるような風圧を伴う爪で引き裂きながら湖に侵入する。
あるいは、一噛みで原型すら留める事なく人を潰しそうな顎でツルを噛み砕き、やがて、バイオリアの本体へと辿り着いた。
『ギュゥァアアアアーーー!!!』
ドラグォラの歩みを止められないバイオリアが、頭上から差す陽光を受けて、花弁を輝かせる。
そして、花弁の中央にある口を大きく広げ、太陽の光そのもののような眩い熱線を放った。
ーーー破壊の輝き。
しかし、胸元に直撃した熱線の一撃はドラグォラを傷付ける事は出来ず……吸い込まれるように、ドラグォラの胸元へと収束し、消えていった。
どれもこれも、エルフ軍が一撃で壊滅させられそうなバイオリアの攻撃を、ドラグォラはものともしていない。
「信じられん……バハムートやベヒーモスすら相手にならなさそうな攻撃を……」
長老の慄きに、カルミナが応える。
「長老。ドラグォラ様は根源の精霊です。……この世に生を受けて、あの方を超えるような生き物が存在するはずもない」
「これが、神の御力か……」
「どうでも良いけど、決着ついたらどーすんの?」
戦闘開始と同時に『シールド展開!』と叫んで魔術結界すら超える強度の防御壁……それが『シールド』と言うらしい……を展開した紫の軽装鎧姿のオメガは、カルミナたちのやり取りに口を挟んだ。
「そろそろ終わりそうだけど。……あれ、殺せないってなると、襲って来たらちょっと俺サマでも厳しいかもしんねーぞ?」
ドラグォラ様はバイオリアの本体に取り付くと、その顎を両手で掴んで大きく開き、口元に闇色の光を貯め始めた。
その間にも、しゅるしゅるとバイオリアの残った触手がドラグォラ様に巻きつくが、最早気にもせず、バイオリアの口の中に向けて、貯めた力を解き放つ。
ーーーそして、シールドの外側が暗黒に染まった。
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