あの花、腹減ってたのかな?

 

「行き先分かってんだし、先回りした方が早くね?」


 と気づいたので、オメガはイクス・シールドと呼ばれる防御特化形態に姿を変え、長老をアーレンハイトを抱えて森の中を突き抜けた。

 周りに物理防護フィールドを展開して、二人を枝などで傷つけないように配慮する。


 自然への影響よりも、救済対象の保護が優先なのだ。


「……精霊の気配も、魔力の気配も感じないのですが……この方は何者なのです?」

「異空の勇者です」

「ただのヒューマニクスだよ」


 二人抱えて速度も落ちないオメガに、不可思議そうな長老は、あまり伝わってはいないようだったが『そういうものか』と納得したようだった。


 二人を抱えたままドラグォラを先回りして湖につくと、様相が変わっていた。

 その様子に、アーレンハイトが目を見張る。


「ツルが、目覚めて……!?」

「ドラグォラ様は、これに反応なさっておられたのか……」


 ーーーまぁ、割とデカい霊子力反応ではあるなぁ。


 ツルは、花開いていた。

 中央の塊の上部にあった蕾が花弁となって大きく広がり、その中心にあるのは。


「ドラグォラの頭に、ちょっと似てるな」


 黒い、そこだけ生物であるかのような頭部が、中には納められていたのだ。

 黒龍の頭なのだが、目がなく、花弁がまるでエリマキトカゲのエリのように見える。


 さらに湖に張った無数のツルは、大人しく水にたゆたっていた先日と違い、触手のように蠢いていた。


 すると湖の方から声が響いてくる。


「この……愚か者がぁ!!」

「ぐわははは! 愚かなのは貴様らの方よ!」


 目を向けると、水面に出たツルの上に、哄笑するローブを脱いだダークエルフの老人が立っている。

 そのすぐ近くの対岸に、早駆けの魔法で走ってきたのだろうカルミナの姿があった。


 彼と対峙するように向き合っている。


「奴は……まさか、ホーワ!?」

「知り合いか?」


 長老の驚きに、オメガが訊ねると、彼は小さくうなずいた。


「ええ。昔、村から追放した魔導士です。聖域であるホーコー山を、再三荒らしましてな……まだ、諦めていなかったのか……!」


 長老が言うと、ホーワという名を持つらしいダークエルフの老人が、さらに声を張り上げる。


「私は、最強の魔獣を産み出した! ドラグォラの力を苗床に成長する、最強の魔獣をな!」

「へー」

「なんてことを……!」


 オメガ的にはよく分からなかったが、どうやらとんでもない事らしく、アーレンハイトが青ざめている。


「契約もなしにドラグォラ様の御力を利用するなど……度し難いッ!」

「素晴らしき叡智の価値が、分からんようだな! いいだろう、これで私を認めなかった奴等を皆殺しにしてやる! 一人残らずな! まずは貴様からだ!」

「出来るものなら、やってみるがいい! 闇の精霊の加護を受けた戦士として、貴様ごとその醜悪な化け物を剣の錆にしてくれる!」


 スラリ、と腰の黒剣を引き抜き、カルミナは決意を秘めた顔で正眼に構える。


 が。


「いやどう考えても、カルミナじゃ殺し切れねーだろ」


 ツルの化け物とカルミナでは、身に宿した霊子量が違いすぎる。

 魔王とタメを張るか、下手をすれば超えるような相手だ。


「やれ、バイオリア!」


 ホーワの号令で、バイオリアと呼ばれたツルの化け物がブルリと震えてから、動き出す。


「いけません、カルミナ!」


 引く気のない彼女にアーレンハイトが呼びかけるが、聞こえていないようだった。


「オメガ様! カルミナを助けていただけませんか!?」

「助けるのはいいけど、ちょっと待てよ」


 オメガは、ツルの動きを探りながら、冷静に彼女を押し留めた。


「なんか、様子がおかしいぞ?」

「え?」


 そこでバイオリアが、グギャァォ! と雄叫びを上げてツルを動かし……。



 ……スルスルと、蔓を巻き付けた。



「な、何をしているバイオリア!? 私ではな……そ、【操球】の支配が効かない!?」


 焦った声を上げるホーワの手から、ころりと青い水晶球が転がり落ちて湖の中に消える。


「ま、待てぇぇバイオリアぁ!! 私じゃない! 私じゃ……あああァア―――……ッ!!」


 ツルに持ち上げられたホーワは、バイオリアが大きく開いた顎の中に吸い込まれるように落ちて……悲鳴が途絶えた。


 ばくん! とバイオリアが口を閉じ、もごもごと動く口の中でべきんぼきんと不愉快な音が響いた。

  

「う……」


 アーレンハイトが顔を逸らし、オメガは軽く指先でヘッドギアを掻いた。


「あいつ、何がしたかったんだ……? 何か不味そうな奴だったけど、あの花、腹減ってたのかな?」

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る