尻尾の先くらいなら……。


 ーーー《闇と破壊の精霊》ドラグォラ。


 それは、アーレンハイトの国の守護精霊である《光と創造の精霊》と対を成す、世界最強の存在だという。

 そして、カルミナが契約によって力の一部を預けられた相手、そのものなのだと。


「へー。すげーんだなぁ」


 暗雲すらも、ただ座すだけで吹き払う強大な存在であることを思えば、彼女達の恐れも分からないではなかった。


 オメガは小指で耳を掻きながら、改めてドラグォラを見やる。


 黒龍は長い咆哮を終えて顔を戻すと、こちらに視線を向けている、ように感じた。

 アーレンハイトたちは、見られただけで足が竦んでしまっている。


 オメガはそれが、強烈な敵性存在であることを考慮に入れて、対処を考えた。


「……なんか、あれが襲ってきたら里がやられそうだな。殺すか?」

「「なりません!」」


 ドラグォラから発される威圧に竦みながらも、アーレンハイトが口にした制止と、長老のそれが重なった。


「光と、そして闇の精霊は世界の根幹たる存在ですぞ!?」

「殺せば、世界の均衡そのものが崩壊してしまいます!」

「じゃあどうすんだよ? 黙ってやられんのか?」


 ただの物理存在ではなさそうだが、オメガの最優先事項は人類の救済である。


 ドラグォラは確かに、大地から霊子力を吸い上げて、それを再度大地に循環させているような反応を見せていた。


 となるとアレは、元いた世界の環境維持装置のような役割を負っている可能性は高かったが。


 最悪アレを殺したところで、大地の霊子力の供給が途絶える前に同様の維持装置を作ってしまえばいいので、もし仮に人を襲った場合の破壊対象からは外さない。


 しかしアーレンハイト達が言い合いをしている間に、ドラグォラは不意にこちらから視線を逸らして別の方角へと大地を揺らしながらゆっくりと歩いて行き、姿を消した。


「あれ、どっか行ったな」

「ドラグォラ様は……どうやら湖の方角へ向かわれたようだ」

「あのドラグォラとかいうのの行き先が分かるのか?」


 衛生機能がないので、霊子反応から大まかな捕捉サーチは出来ても、詳細な位置どりなどはオメガには不明なのである。


 しかし、カルミナは気が立っているのか、別のことが気になったようだった。

 

「貴様は本当に、敬意というものをどこかに置き忘れてきたようだな! 相手は神、それも私の信奉する闇と破壊の精霊だぞ!? 貴様も呼ぶ時は尊称を付けろ!」

「嫌だよ。信仰の持ち合わせとかないし」


 オメガの興味の対象は、人類の救済、ただ一点である。

 しかし焦った様子を見せるカルミナは、それ以上言い返さずに身を翻した。


「おい、どこに行くんだ?」

「決まっているだろう、ドラグォラ様を追うのだ!」

「いや待てよ」

「カルミナ!?」


 一人先駆けするカルミナに、オメガはアーレンハイトと顔を見合わせた。


「追っかけてどーすんだ、あいつ」

「分かりません。でも、ドラグォラ様が突然、山から動き出したのには、何か理由があるのではないかと思いますが……」

「相手は根源の精霊……その暴威に巻き込まれれば、カルミナに抗する術はありませぬな」


 アーレンハイトと長老の言葉に、オメガはうなずいた。

 カルミナは準救済対象だし、先にあのツルの塊を見に行ったエルフたちのことも気になる。


「ま、とりあえず俺サマたちも追いかけるか」

「はい!」


 オメガの言葉に頷いて、アーレンハイトは長老を含めた三人でカルミナの後を追った。

 その道中で、オメガはアーレンハイトに問いかける。


「なー、アーレンハイト。ドラグォラの長い尻尾の先くらいなら、斬って食ってもいいか?」

「ダメです!」

 

 いつになく強い口調に、ケチだなー、と思いながらも、オメガはしつこく食い下がるのはやめておいた。

 

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