こっち来てジュース飲まねー?


 明けて、翌日の昼。


 里の広場で、オメガが昨日採ったツルを絞ったジュースをダークエルフ達ややエルフ軍に振舞っていると、何やら難しい顔をしたダークエルフの長老と話し合っているアーレンハイトやカルミナが歩いてくるのが見えた。


「おーい、どうした? こっち来てジュース飲まねー?」


 声をかけると、彼女達はこちらに近づいてきて礼を言いながら受け取ったが、表情が晴れない。


 美味いモノを前にして、そんな顔をされては気になるので、オメガは問いかけた。


「どうしたんだ?」

「村人が行方不明なのだそうです」


 アーレンハイトの言葉に、オメガは首を傾げた。


「行方不明? マズイことが起こったのか?」

「まだ分かりません。ですが、今朝がた若者が狩りに出掛けたのですが、この時間まで戻って来ていないようでしてな……」


 アゴを撫でながらそう続けた長老に、オメガはふ〜ん、と答える。


 長老の様子から、救済任務の気配がしたので、彼に対して笑みを浮かべながら朗らかに答える。


「なら、俺サマが探してきてやるよ! どこに行ったんだ?」

「昨日、ご報告された植物とやらが気になりましたのでな……狩りがてら見てくるように、とは言ったのですが」

「これ?」


 オメガは自分も手にしていた、四杯目のグレープフルーツもどきジュースを入れた木のコップを掲げる。


「でもあそこ、ここからはちょっと遠くね? 単に時間が掛かってるだけじゃねーの?」

「それはないな」


 カルミナが、オメガの言葉を否定する。 


「ダークエルフは移動に長けた風の精霊魔法を、一応、全員が行使出来る。単体でしか使用出来ないものだが、湖からこの辺りまでは半刻も掛からんはずだ」


 その言葉に、オメガはカップの中身を飲み干して腕を組んだ。


「そんなに速いのか?」

「ああ。本当に移動だけの魔法だが、速度は折り紙つきだ。時間がかかりすぎている」

「あの植物が目覚めたのでしょうか……?」


 アーレンハイトの心配そうな顔に、オメガは下唇を突き出して、んー、と唸った。


「よく分かんねーけど、悩んでるより見てきた方が早くね?」


 と、そう口にしたところで……突然、カルミナとアーレンハイトがバッと顔を上げて、ホーコー山を見た。


「どうした?」

「きょ、巨大な闇の精霊の気配が……膨れ上がって行きます!」

「は?」

「なんじゃと!?」


 アーレンハイトの言葉に、オメガは同じ方向に目を向ける。

 黒々としたホーコー山の方を見るが、霊子力が増大しているような様子はなかった。


「……? 何も感じねーぞ?」

「いや、精霊がざわめいている。まさか、ホーコー山の魔獣が目覚めたのかーーー!?」


 カルミナが厳しい顔つきで恐れを感じたように右手で左の二の腕を握ると、そこで、急激に霊子反応が膨れ上がった。


「!?」


 同時に、山が鳴動する。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……と重たい音と同時に、山の脆い表層が崩落するパキパキと軽い音も聞こえた。


 ダークエルフの里にいる者たちが山を見守る中。


 ーーーそれは突如、山頂の暗雲を払って姿を現した。


 胸元に、ひび割れたような、あるいは血管のような筋の内側で脈動する赤黒い光を宿したそれは。


 闇そのものであるかの如き、漆黒の体表を持ち。

 山の頂を巻き込むほどに長い尾を、波打たせ。

 眼球のない、深紅の瞳で眼下を平睨する。


 ーーーあれが魔獣か? たしかに、バハムートより遥かに強そうだな。


 下手をすると、魔王よりも。


 オメガがそんな風に思っていると、その翼のない代わりに、赤く光る背びれを持つ巨大な黒龍は。

 凶悪な爪を持つ足で山の土を踏みしめ、同様に鋭い指先を持つ両腕を広げて、空を仰ぎ見た。


 そして家屋すら一呑みに出来そうな程に裂けた、牙の並ぶ口を大きく開けて、咆哮する。


 ビリビリと大気を震わせる音に、本能的に身をすくませたのか、アーレンハイトが茫然と言葉を漏らした。


「そんな……」

「すげー霊子力反応だな。あれも魔物なのか?」


 のほほんと額に手を当ててそれを眺めているオメガに、カルミナが首を横に振る。


「いや、そんな生易しいものではない……」

「まさか伝説の魔獣の正体が、かの存在であろうとは……」

「え、なんか知ってんの?」


 長老までもが呻くのに、オメガは問い掛けると、アーレンハイトは答えた。


「あれは、精霊です」

「精霊? ……なんか想像と違うな」

「勿論、ただの精霊ではありません。あれは世界の根源たる始祖の精霊の、一柱ーーー」


 続く言葉を、彼女は震える声でつぶやいた。




「―――《闇と破壊の精霊》ドラグォラ様、です」

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