こういう時は、甘くてひんやりしたモンを食うに限る。


「ん〜……」


 オメガは、与えられた客間の椅子の上で腕組みをして、あぐらを掻いていた。


「何を悩んでおられるのですか? オメガ様」


 大人しく椅子に座り、どことなく元気のなさそうなアーレンハイトの問いかけに、片眉を上げてみせる。


「別に悩んでねーよ。おかしいと思ってるだけだ」

「何がですか?」

「王がこっちを信じなかったことだ」


 アーレンハイトの問いかけに、オメガは整理した情報を口にした。


「アヒムに比べたら、確かにこっちは信頼されてねー。それは、俺サマにも分かる」


 そもそもアヒムを勇者として見出したのは、さっき会った王で、それまでも長い時間を共に過ごしていたのだろう。


 人は共に在った時の長さで、人を信じることも多い。

 そして長い時間が経てば経つほど、自分と相手の立場に疑いがなくなっていくものだ。


「俺サマだって、死んだマスターの偽物が目の前に現れて、別の奴がそれを疑っていたら、もしかしたらマスターを信じちまうかもしんねーしな」


 それ自体は、仕方のないことだとは思っているのだが。

 

「アヒムの遺体は、高官が何人か揃って確認してる。〝虚無の力〟とかいうのの気配を察せないのも、元々俺サマもアヒムと同化するまでは察せなかった訳だし、仕方がねぇ」


 しかしそれでも、状況が悪すぎる。


「王も高官たちも、馬鹿じゃないように見えたんだがな。それなのに誰一人、口を開いてこっちの味方をしなかった。少しくらいいても良さそうなのにな」

「王らには精霊を感じる力がない」


 入り口あたりの壁にもたれたカルミナは、オメガと同じように腕組みをしつつ目を細めた。


「勇者の死体がない事に関しても、王が棺の中を見たのはあれが最初だ。貴様の言う通り、不思議はないように思えるが?」

「誰一人、ってところが引っかかってるんだよな」

「あの場で、王の許可なく口を開くことを許されていなかったという可能性はありますが……」

 

 アーレンハイトが、おずおずと口を開くのに、オメガは一つうなずく。


「かもな。だが俺サマは、精霊の力が馴染んで分かった事がある」


 オメガは、窓の方に目を向けた。

 高級な透明ガラスのはまった窓の外には、平和な街並みが広がっている。


「この王城はバタフラムの結界で守られてるだろ? 光の精霊力とかいうやつだ」

「ええ。魔王の脅威があった時に、わたくしがお祖父様……大長老に命じられて、アヒム様と共に構築したものです」

「人を騙すような魔法、この中じゃ使えねーだろ? なら、もし俺サマが魔王城から持ってきたあいつの死体が、偽物だったとしても……」


 アーレンハイトは、オメガの言わんとする事に気がついたようで、困惑の表情を浮かべた。


「人族の高官は、王に死体を見た事を報告したはずですね。そして、彼らの見た勇者様の死体は、幻影の魔法によるものではあり得ない……」

「確かに、そう、ですね」


 カルミナも、戸惑ったように表情を曇らせる。


「幻影が無理ならば、偽物の死体は実体としてそこに入っていなければおかしいのに、死体そのものがなかった……つまり、勇者は棺の中から蘇ったというオメガの推測に間違いはない……」

「だろ。だったら、奴が異常な存在であることを、誰かが即座に看破してもおかしくねーだろ。なんで誰も、そういう部分に目を向けなかった?」

「混乱し、あの場の雰囲気に呑まれていたのではないのか?」

「なんか、おかしいんだよな……精霊を感じる力ってのは、人族の誰にもねーのか?」

「いや、魔法を扱う者ならば、明確ではないだろうが、ある程度は」


 ーーーだったら、やっぱおかしい。


 虚無の力は感じ取れなくても、オメガがアヒムの魂を示した時に放たれた精霊力は感じられてもおかしくはないはずだ。


「やっぱり、何かおかしいんだよな……」


 何か、気づいていない穴があるような気がする。


 ーーーあのシャルダークの野郎が、何かしてるはずなんだよ。


 あの状況で、自分が他者に疑われない何らかの細工があるんじゃないかと、オメガは考えているのだが、推論を確立するには、この世界のことをあまりにも知らなさすぎる。


「しかし王にも従者にも、操られているような気配はなかっただろう? 精霊も騒いでいなかった。確かにそう言われてみれば、違和感はあるが……」


 ーーーやっぱ、気づいてねーか。


 カルミナの様子に、オメガはシャルダークが何かをしている、という自分の推測を確信した。


 彼らは、奴が勇者か勇者じゃないか、ということには違和感を覚えている。

 それはオメガとの信頼関係ゆえだろうが。


 なのに。


 なぜ『光の結界の中で、勇者の肉体を乗っ取った魔王が存在できるのか』という部分については、意識が向いていない。

 それは、言ったら気づくのかもしれないが、言われなければ気づかない、くらいの、本当に微かなズレだ。


 分かるのは、おそらくは洗脳とは違うということ。

 そして、光の精霊力とやらは、闇の精霊力や魔法を防ぐことは出来ても……虚無の力とやらを防ぐことは、どうやら出来ないらしいことだ。


 ーーー確証はねーんだけどな……。


 何せ、証拠はない。

 精霊力というのがなんなのか、すら、厳密には分かっていないのだ。


 だから、彼らの違和感を解消する方法も、オメガには今のところなかった。


 人に信じてもらえないくらいならいい。

 しかし、人に確実に害を為すだろうシャルダークに、アヒムの遺体を冒涜されたまま放置することは、許し難いことだった。


 オメガが黙っていると、アーレンハイトが再び口を開く。


「どちらにせよ、明日になれば全てがはっきりしますよ。オメガ様が魔王を殺したのは、まぎれもない事実なのですから」

「……そうだな」


 微笑むアーレンハイトに、オメガは笑顔を返すことは出来なかった。

 魔王の死体を確認する、という王に、シャルダークがあっさりと引き下がった以上、おそらく死体は見つからない。



 ーーーなぁ、マスター。俺サマはどうしたらいいんだろうな。



 自分の主人であり、自分が造られた世界で、最後の人類となっていた彼に、オメガが心の中で問いかけると。

 応えたのは、意外な人物だった。

 

 ーーー異空の勇者よ。


 響いたのは、アヒムの声。

 その声に乗ったのは、エーデルに会いに行って欲しい、という、意志だった。


 ーーーエーデル?


 それは、アヒムの恋人だったという王女の名だ。


 アヒムを見て、一番動揺していた人物でもある。

 部屋から出るな、とは言われているが……エーデルに会いたい、とアヒムが言うのなら、その意思を尊重するのが機甲知性ヒューマニクスであるオメガの務めだ。


 黙って立ち上がり、窓を開けると、アーレンハイトが不思議そうに問いかけてきた。


「オメガ様?」

「少し、出てくる。……まぁ、こういう時は甘くてひんやりしたモンを食うに限るからな」

「っておい、貴様、大人しくしていろと王に言われただろうが」


 適当なことを言って窓枠に足をかけると、カルミナが引き止めようとする。


 その制止には応えずに、ひらりと外に身を躍らせて、オメガはその場を後にした。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る