俺サマが、愛されてる?

 

 ーーーそれから数日。


 人族の王への報告のために出立したエルフ軍を、領民が揃って名残惜しそうに、しかし笑顔で見送るのを見たのはアーレンハイトにとっても初めての経験だった。


 その理由は、オメガにあるのだろう。


 彼は存分に領民に作った料理を振る舞って、仲良くなっていた。

 人を笑顔にするのを喜びとし、また同時に心からそれを楽しんでいるように見える。


 彼の行動は全て『人を救う』という明確な目的に端を発しているからこそ、表裏もない。

 同じような笑顔でエルフたちに手を振っていたオメガが、見つめているアーレンハイトに気づき、不思議そうな顔でこちらを見た。


「どうした?」

「オメガ様は、人ではない、のですよね」

「おう、機甲知性ヒューマニクスだぞ!」

「ですが、魂と意思がある……のですよね」


 アーレンハイトは、抱いていた疑問を彼に伝えてみた。


 作られた存在だという彼を、もう作り物だとは思えない。

 あまりにも精巧すぎる人形に、魂と意思が宿れば、それはもはや人間と変わらない存在なのではないかと。


 しかしオメガは、複雑そうな顔をした後に、軽く頭を掻く。


「どうなんだろうな?」

「え?」

「俺サマ自身は、自分には意思があると思ってる。魂も、あるといいなとは思ってるが、ボトムアップ型の学習機能によって極めて人に近い振る舞いを見せてる、だけかもしれねー」

「……すみません、よく分かりません」

「俺サマは、自分のことなんかよく分からねー。人の喜ぶ顔を見るのが好きなのも、人を救いたいと思うのも……そうプログラミングされただけのことで、それを自分の意思と思っているだけなのかも、って話だよ」


 それはどこか、深い話のように聞こえた。


 自己という命題に対する哲学。

 それを口にするオメガは、悩んでいる様子ではなく、事実を口にしているだけのように見えた。


「だが最終的に、俺サマは『それでもいい』と思ったんだよなー」

「それでもいい……そう思うのは、なぜですか?」


 まるで幾度も自問自答をしたかのような滑らかな答えに、アーレンハイトはその理由を知りたかった。


 そして彼がそれを口にしてくれることが、アーレンハイトはオメガが心を開いてくれた証のように、ふと思える。


 馬車の横に乗っているカルミナも、黙って耳を傾けていた。


「どんな発端だって一緒なんじゃねーかって思うんだよな。俺サマはやっぱり人の笑顔を見ると嬉しいし、人が苦しんでいると苦しいし、救いたいと思う。だから、もうそれで良いんじゃないかって」

「……オメガ様にとって、人を救うということはどういうことだと、思うのですか?」

「分かんねー。今のところは……使命で、贖罪しょくざいかな……」


 そう答えるオメガの横顔は、どこか遠くを見つめているようだった。


「何に対するつぐないなのです?」

「……俺サマを作り、認めてくれた『マスター』に対する、かなぁ……」


 オメガにしては珍しく、その言葉は歯切れが悪かった。


 マスター、というのがどういう人物なのかは分からないが、それは異空で、オメガにとって大切な誰かだったのだろう。


「俺サマは自分を、人がいて、初めて意味がある存在だと思っている。だから、救うことは俺サマの『生きる意味』そのものなんじゃねーかなって」


 その言葉を噛み締めて、アーレンハイトは答えた。


「……オメガ様は、もう境地に達しておられるのですね」

「境地?」

「神の教えの中に『迷いを捨て、己が在る意味を悟ること容易ならざればこそ、人は対話し、人を想う』とする一節があります」


 それは、人として生きることの苦しみや、お互いを理解したり対立することの意味を問う一節だった。


「誰もが、己が生きる意味を見つけることは容易ではありません。オメガ様は、それを見つめておられます」

「悟ってる、ってのも、よく分かんねーけどな」


 首を傾げるオメガに、アーレンハイトは微笑んだ。


「わたくしどもエルフも、人も、そして生きとし生けるものは全て『神の造物』であるとも言えます。オメガ様が人の手によって作られたのと、同じように」

「……人が、作られた?」

「そうです。そしてわたくしどもが、作られ、死を恐れ、生きることを望むのは、神によって心に刻まれた想いではない、とは、誰にも言えないのです」


 世界には、光と闇の精霊の長……すなわちバタフラム様とドラグォラ様が原初に生まれ、そこから精霊や森羅万象が生じたとされている。


「であれば、わたくしどもの想いも、誰かによって生み出されたものでありながら、己のものと信じている、という可能性も、なくはないのです」


 オメガは、ぽかんとしていた。


「いやまぁ、うん。人が作られたもん、っていうのは俺サマの知る知識とは違うけど……そういう話じゃねーんだよな?」

「ええ。わたくしは、オメガ様について考えております。作られた想いであっても、己が為したいことと心から想い、それを受け入れて生き続ける……それは、人の生き方です」


 この場の誰よりも、オメガは人を救いたいと願っているだろう。

 その手段は、戦うことであったり、料理を振る舞うことであったり、談笑することであったりするのだろう。


「オメガ様は、己の生を、喜びで満たし、精一杯楽しんでいるように見えます」


 心からの笑顔と、想いをもって、己がやりたいことのために生きる。


 彼にとってはそれが、人を救うことであり、人の笑顔を見ることであり、だからこそ、それが伝わるからこそ、誰とでもすぐに仲良くなれるのだろう。


「楽しんでいる……まぁ、そうだな! この世界には人がいっぱいいるからな! その笑顔を見れる今は、スゲェ楽しいな!!」


 オメガはアーレンハイトの言葉をどう受け取ったのか、嬉しそうに親指を立てた。


「それは、人として理想の生き方です。そして同時に……それこそが、愛するからこそ愛される、ということだと、わたくしは思っています」

「愛される?」


 オメガは、今度こそ予想外の言葉を聞いたように、大きく目を見開いた。


「ええ。それは博愛、と呼ばれるものであるかもしれません。ですがわたくしの目からは、オメガ様は紛れも無く人を愛する存在であり、同時に、そうであるからこそ愛されて、人に笑顔を咲かせる存在だと思うのです」


 でなければ、あれほどエルフ軍や、ダークエルフの里の者たち、エルフの街の人々が、オメガに対して好意を抱くことなど、ないだろう。


 しかしオメガは、まだ呆然としていた。

 

「……俺サマって、愛されてるのか?」

「ええ。そうですよね、カルミナ」

 

 話を振ると、カルミナは不意を突かれたように肩を震わせた後、渋面になって答える。


「そういう聞き方をされると、即座に同意しかねますが……そうですね。オメガは他者の懐に飛び込み、魅了する存在ではあるかと思います」

「そうなのか……俺サマが、愛されてる……」


 また、遠くを見るような目になったオメガに、アーレンハイトははっきりと伝えた。


「オメガ様は、間違いなく、多くの人々に愛されていますよ」


 そして、これから先も愛され続けるだろう。

 これから向かう人族の街でも、同じように。


 アーレンハイトには、そんな確信があった。

  

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